3月6日 愚かにも時間を費やしてしまいました

藿食者何与(藿食の者、何ぞ与(あずか)らん)(「説苑」)

「藿」(かく)はマメ類の葉っぱ。マメの葉を食う、というのは貧しい、身分の低い者のことです。肉も食ってみたいものである。

肉を食って、がんばってください!大谷さんも。
いいことばではありませんか。事後・局外にこれを論ず。「酔生夢死」みたいで、これなら楽ちん。

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春秋の時代、

晋献公之時、東郭民有祖朝者、上書。

草茅之臣東郭民祖朝、願請聞国家之計。

献公は使者を遣わして(つまり自分で、ではなく)告げさせしめた。

肉食者已慮之矣、藿食者尚何与焉。

「なんと!」

祖朝対曰、大王独不聞古之将曰桓司馬者。

・・・むかし、ある君主の馬車を御する者(「御」(ぎょ))は「車」と呼ばれた。ところが、君主の横に乗って護衛する者(「驂」(さん))からも「車」と呼ばれたので、御者は驂(原文でははっきりしないのですが、こちらが桓司馬でしょう)に向かって、「なぜおまえさんに「車」と呼ばれなければならんのか。越権ではないか」と異議を唱えた。すると、「驂」の桓司馬は言った、
「御者のおまえさんは、馬の頭をきちんと前に向けて走らせればよい。きちんと走らせないと、道路にいる人をびっくりさせてしまうだけだ。だが、

必逢大敵、下車免剣、渉血履肝者、固吾事也。子寧能辟子之轡、下佐我乎。其禍亦及吾身、与有深憂、吾安得無呼車哉。

これが桓司馬のお話でございます。

今大王曰、肉食者已慮之矣、藿食者尚何与焉。設使食肉者一旦失計于廟堂之上、若臣等之藿食者、寧得無肝胆塗地于中原之野与。其禍亦及臣之身。

臣与有其憂深、臣安得無与国家之計乎。

それを聞いて、献公は祖朝を呼び、三日間国家の経略について話し合ったのであった。

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漢・劉向「説苑」善説篇より。わたしも祖朝にように思って、為政者のところに行き、説明を求めた。
「国家の経略について三日間話し合いたい」
と申し上げたのだが、為政者の前に肉食者が出てきて
「あー、きみは帰りなさい」
と言われたので、「はあ」と言って帰ってきました。よく考えたら別に言いたいこともございません。気にしないでおきますので、為政者のみなさま、肉食者のみなさまは我らの代表じゃ。よろしくお願いいたしますぞ!

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