3月4日 暖かくなってまいりました。居眠りすごい

不食酒肉(酒肉を食らわず)(「宣室志」)

体重増もなんだか止まらないんです。膝も痛くなってきました。もうダメだ。・・・でもまた次があるみたいです。

肉食うな、でぶー。

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宋の時代のことですが、いにしえの陳・蔡のあたり(河南)に竹季貞というひとがいました。

卒十余年矣。

里人趙子和卒、数日忽寤、即起馳出門。其妻子驚前訊之。

子和(のはず)は答えた、

我竹季貞也。安識爾。今将帰吾家。

その話し方や声は、子和のものではなかった。それでも、妻子は子和(のはず)のあとをついて、竹家に至った。
竹家では、もちろん、

以為狂疾、罵而逐之。

子和(のはず)は言った、

我竹季貞、卒十一年、今乃帰、何拒我耶。

其語音果季貞也。験其事、又季貞也。

「たしかに季貞かも・・・」

竹家の方でも驚いて、両家ともに、季貞(?)に説明を求めた。

季貞(?)が言うに、

我自去人世、迨今且一紀、居冥途中、思還省妻孥、不一日不忘。然冥間毎三十年即一逝者再生。

「わしが人間世界を去ってから、今は木星が空を一周する「一紀」(12年)になろうとしているわけじゃが、この間、あの世におって、女房や子ども、お前たちに会いたいと思わなかった日は一日として無い。しかし、あの世では、死んだ人間がこちらに戻ってくるのは三十年後ということになっておるのじゃ。

ところが、

昨者吾啓請案拠、得以名聞冥官、願為再生者。既而冥官謂我。

「戻りたがらない者の方が多いのに、変わったやつじゃな。ちょうど、

同里趙子和者、卒数日。仮其殻還魂。

そう言って、

即遣使送我於趙氏之舎。我故得帰。

「なーるほど」「よーくわかりました」「納得ね」
と言ったかどうか知りませんが、これ以降、季貞(らしい)は、竹家に引き取られることになった。しかし、「やっておかなければならんことがある」と言って、そのままどこかに出かけてしまった。

彼は、

不食酒肉、衣短麤衣、行乞陳蔡汝鄭間。緡帛随以修仏像、施貧餓者。後還家、至今尚存。

今も、国共内戦や文革を越えてまだ生きているというのか。

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宋・張読「宣室志」巻六より。やっぱり帰ってきてしまうんですね。趙子和の方は「どうぞどうぞ」と肉体を譲ってくれたそうであるから、希望が通るのであろうか。誰か確かめてきて・・・。
テレビに出るとは。サインでももらっておけばよかったかも。(←テレビさま信仰)

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