3月1日 また食べすぎて月曜日を迎える

可以自箴(以て自箴とすべし)(「楡巣雑識」)

反省しなければならないことばかいである。これでは不忠不孝である。

忠孝? うるせー、そんなの宇宙で通用しねーぜ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

今は乾隆年間が終わって嘉慶年間に入った、清の半ばぐらいですが、

人多事後論人、局外論人。

事後論人、毎将知人説得極愚、局外論人、毎将難事説得極易。

だが、

此二者皆由不忠不孝的心生出。

実は、これはわたしが考えたのではなく、100年ぐらい前の魏冰叔の文集の最初に出て来るコトバでした。

記之可以自箴。

「箴」(しん)は針灸で使う「はり」です。もとは竹製だったんでしょう。「はり」で体をぷちゅ、と刺して治すように、ひとの心を治す、ぷちゅ、と戒めるためのコトバ、の意味を持ちます。
 こちらは現代社会や行政をぷちゅ、と刺す戒めの論文です。読んでみましょう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

清・趙慎畛「楡巣雑識」上より。AとBの関係がわかりづらいですが、おそらく事後や局外のような無責任な立場から評論しているやつは、安全な場所で責任も取らずにマウントを取って喜んでいるやつなので、主君や親族との関係という自分で責任を取らなければならないことはできない、しようとしてない、だから不忠不孝、ということではないかと思います。

ちなみに魏禧、字・冰叔、裕齋先生は、清初の人、その文集は「魏叔子文集」というのですが、その最初の文章「相臣論」(宰相について論じる)を読んでも上の一文が出てこないので困っています。まだ研鑽が足りないのであろう。

ホームへ
日録目次へ

コメントを残す