古老相伝(古老相伝う)(「録異記」)
朝はなんとか間に合いました。ああ疲れた。体重増えて苦しいのに、今日も大量に食ってしまう。明日からはもうメシを食うのを止めることにしよう、と毎日思っているのにどうして思い通りに行かないのか。

昨日は暑いぐらいでしたが、今日は風雨があって寒かった。これで水不足が少し緩和か。
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長江を遡って四川に入るあたりにかつて景雲観という道観(道教のお寺)があった。今の時代(五代から宋のころ)には、景雲観の建物はもう残っていないのだが、
旧基有一巨石大於柱礎。
旧基に一巨石の柱礎より大なる有り。
遺跡には、柱の礎石よりも大きな石が一つある。
人或坐之踏之逡巡、如火焼応心煩熱。
人或いはこれに坐しこれを踏みて逡巡するに、火の焼くが如くまさに心熱に煩う。
うっかりこの石に坐ったり足で踏んだりしたときには、すぐにその場を立ち去らなければならない。しばらくうろうろしてると、まるで火に焼かれたように心臓が熱を持ち始め、気分を悪くする。
因便成疾往往致死。
因りてすなわち疾を成し、往往致死す。
これによってやがて病気になり、往々にして死に至るのである。
放射性物質なのかも知れません。
若聚火焼此石、即瞿塘山吼而水沸、古老相伝耳。
もし火を聚めてこの石を焼けば、即ち瞿塘山吼えて水沸く、と古老の相伝うのみなり。
もしも火を集めてこの石を熱することがあると、即座に長江のほとりの岩山である瞿塘(くとう)山が音を発し、このあたりの長江の水が湧きかえる、と老人たちは言い伝え合っているばかりだ。
試したことがないので本当はわかりません。今では三峡ダムの底だと思います。
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五代・杜光庭「録異記」巻七より。太っているとどうしても礎石みたいなのを見つけると座ってしまうので、石に坐ると心臓をやられるのではなく、心臓をやられると座ってしまう、という逆の因果関係で被害があるように見えるだけなのかも知れません。「ガラスの崖」と同じかも。とにかく明日こそもう何も食べずに暮らしたい。
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