三杯和万事(三杯、万事を和す)(「不下帯編」)
陛下が「春めいてまいりました」とごあいさつしておられました。なるほど、今上陛下の誕生日とは、一年のうちのそういう日であったかと今更ながら感じ入ります。
わたしどもは無責任なので「もう夏みたいな気温でっせ」と季節の順逆を嘆いていることができますが、責任者の方は「最近は季節がずれている、何かがおかしい、万事和せざるなり!」とは言えませんよね。

鬼でも参賀の時は二重橋の向こうまで近づけます。
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むかし、東晋の不安定な国家を支え続けた名将・陶侃(とう・かん。陶淵明の曽祖父としても有名)は、
毎飲酒有定限、嘗飲有余而限已竭。
飲酒するごとに定限有り、嘗(つね)に飲むに余り有りて限すでに竭く。
お酒を飲むとき、飲む量が決まっていて、いつもまだ飲めそうなのに、その限度に至ってしまうのであった。
大臣らが
勧更少進、侃悽懐良久曰。
更に少進を勧むるも、侃、悽懐することやや久しくして、曰う。
「もう少しお飲みなされ」とお勧めすると、陶侃はしばらくの間、悲し気な顔をして、言った。
年少会有酒失、亡親見約、故不敢違。
年少会(たまた)ま酒失有り、亡親に約せらる、故に敢えて違わざるなり。
「若いころに、ある時酒で大失敗してしまったことがあり、その時、今は死んでしまった親に(ある限度を超えては飲まないということを)約束させられたんじゃ。そういうわけで、みなさんに勧められても、絶対に約束に違わないようにしておりますのじゃ」
おふくろさんに説教されて、それ以来限度を過ごさなくなった、という有名なお話(「陶侃酒限」(「蒙求」下)がございますが、わたしども清の時代のこと、
近有人姓萬、名事者、嗜酒無度、父戒之曰、限爾三杯、逾則逆命。
近く人の姓・萬、名・事なる者有りて、酒を嗜むこと度無く、父これを戒めて曰く、「爾に三杯を限る、逾(こ)ゆれば則ち逆命なり」と。
最近、姓は萬、名は事、という人がいて、お酒が大好きで限度がない。おやじさんが、「おまえは三杯までしか飲んではいかん。それを越えたら、いいか、親の命令に逆らったことになるのだぞ!」と戒めた。
事唯唯。
事、唯唯(いい)たり。
それを聞きながら、万事は、「あいあい」と頷くばかりであった。
因製一巨觥、約可容二升。
因りて一巨觥の、約二升を容るるべきなるを製す。
「觥」(こう)はもとは「(ウシなどの)角で作ったさかずき」を指しますが、ここは「大きなさかずき」という程度の意味だと思います。
そこで、万事は、だいたい二升ぐらい入る巨大なさかずきを作った。
而鐫二語於上、云、父命節酒、止飲三杯。
而して二語を上に鐫(ほ)りて云う、「父、節酒を命じ、ただ三杯を飲むに止む」と。
そして、二行のコトバをさかずきの表側(底のことでしょう)に刻んだ。曰く
「わがおやじ、酒を減らせと命ずなれば、ただ三杯で飲むを止める」
と。
宴必以随。人以三杯和万事呼之。
宴には必ず以て随う。人以て「三杯、万事を和す」とこれを呼べり。
宴会には必ずこれを持ってきて、これで飲むのであった。ひとびとは、「三杯飲めば、すべてのことが(万事のやつが)和やかになる」と言い合ったものじゃ。
おやじが生きている間はこれでよかったかも知れませんが、いなくなったら悲しくなってできませんよね。
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清・金埴「不下帯編」巻一より。現代日本の一升は1.8リットルだから二升≒3.6リットル、ええー、それを三杯も! と思うかも知れませんが、清の一升はだいたい1リットルしかありませんから、二升≒2リットル、三杯飲んでも6リットルだ、我が国なら10.08リットルなのに、大したことないな。わはは、張り子のトラだ、恐れることはない・・・。みたいな感じでみなさん考えてるのかも。ほんとに大丈夫? アニメが売れるから大丈夫?
(ちなみに「三杯和万事」のお話、平成24年にもご紹介しているのですが、その時は北朝鮮のミサイルに絡めて話題にしたようです。先々代の肝冷斎が)
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観捨ネコ記 令和8年2月23日
天皇誕生日でお休みなので、戸田のネコを観察に行きましたが、また一匹減っております。かなり深刻な状態らしく、他のえさやりさんの話を聴くと、どうも再来週ぐらいには観ネコもできなくなっているかも知れません。自らの無力感にウツ状態です。おれはダメだ。ダメなのだ。ちなみに標題は「捨てネコを観る」ではなく「ネコを観捨(みす)てる」と読むべきかと思います。

駐車場の横グループのシロネコ。ホントに足が悪いのか動くのがイヤなのかわかりませんが、ほとんど動きません。食い物皿を下げようとしてからかってみたらネコパンチを左右から繰り出してきましたが、左前脚を気にしているので、そこは痛いのでしょう。

あほニャウニャウもいました。タキシードネコですが、エサを寄こせと「にゃうにゃう」と鳴いているのですが臆病で少し近づくと逃げます。
この二匹のいるのは駐車場横で、正確には公園外です。公園内は広いのでいくつかのネコ居住区画があるのですが、そのうち最もネコの多かった中央駐車場付近のネコがほぼいなくなってしまいました。わたしは奥の「橋向こう左」のグループなので、ウワサぐらいにしか聞いてなかったのですが、潰滅の原因は、昨年から〇〇人グループが捕獲機を持って深夜に一匹一匹連れ去って行ったからだそうです。転売説と食用説があります。この〇〇人グループが今月から「橋向こう左」の三匹しかいないところに進出してきたらしく、一度は捕獲できずに帰ったらしいのですが、先週、白ミケが捕獲されてしまったようです。この金曜日に奥ミケが狙われたようですが、奥ミケの目が見えないことを知らなかったみたいで、逆におびき出されなかったらしく、夜エサやりに入ったおじいさんに見つかって〇〇語らしいコトバで怒鳴って逃げていったらしい。おじいさんだとわかったらヤラレていたかもとの解説付き。奥ミケは土曜日にボランティアさんの家に引き取られました。
そこで残っているのが、こいつだけになった(正確にはもう一匹、広範囲を移動している未去勢サビというのがいます。)。

キティミケと呼ばれていますが、本来はやたらなれなれしいネコです。

今日はあたたかいので寄ってきてぶつかり稽古みたいに頭をぶつけた後ごろごろ。
このネコも一昨日、エサやりさんたちが保護しようと一度は捕まえたらしいのですが逃がしてしまい、確かに今日、エサやりさんが来たらものすごい顔をして警戒してました。「ちょっと捕まえられないねえ」とのこと。
〇〇人グループは休前日に入ってくるらしいので、金曜日までになんとかしないと、ということなのですが、こいつが捕獲されたりどこかに保護されるとほんとに知り合いがいなくなってさびしいですね。再々来週からイースタンリーグだというのに。経済のために〇〇人が非常に増えたという国際関係がここまで忍び寄ってまいりましたんじゃ。年寄の時代ではもうないのじゃ。もともと法的には無主物だし深夜にグループで来るのを防ぐゲバルトも無いし、抵抗のしようがない無力感が漂います。〇〇人増えるとこんなところにも軋轢が出てくるんですね。ちなみに漢字二文字だから「くるど」ではありません。もちろんわたしが確認しているのではなく、エサやりさんたちの流言飛語の類ですよ。
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