皆曰不知(皆、知らずと曰う)(「説苑」)
肝冷斎さんはどこかに行ってしまったようです。誰もその行方を知りません。精神的にはご機嫌だろうと思います。予定では。

寒いところへ行ったのでクマ?
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春秋時代のこと、斉の景公(在位前547~前490)が孔子の弟子である子貢(端木賜(たんぼく・し)に訊ねた、
子誰師。
子、誰をか師とす。
「あなたは、どなたの教えを受けられたのですかな?」
答えていう、
臣師仲尼。
臣、仲尼を師とす。
「わたくしは、仲尼さまの教えを受けました」
仲尼は孔子の「あざな」です。後世のチャイナでは師匠をあざなで呼ぶことなどあってはならないのですが、古代はまだそんながちがちではなかったのです。
仲尼賢乎。
仲尼は賢なるか。
「その仲尼さまは賢者だったんですかな?」
賢。
賢なり。
「賢者でございました」
其賢何若。
その賢なること、何若(いかん)。
「どれぐらいの賢者だったんですかな?」
子貢は言った、
不知。
知らず。
「知りません」
「はあ?」
景公は首をひねった。
子知其賢、而不知其奚若、可乎。
子その賢なるを知りて、その奚若(いか)なるかを知らざるは、可なるか。
「あなたはその人が賢者であることを知っていながら、どれほどの賢者だったのかわからない・・・そんなのありですか?」
今謂天高、無少長愚智皆知高。高幾何、皆曰不知也。是以知仲尼之賢、而不知其奚若。
今、天の高きを謂うに、少長・愚智無くみな高きを知れり。高さ幾何(いくばく)なるか、みな「知らず」と曰わん。是を以て仲尼の賢にしてその奚若(いか)なるかを知らざるを知らん。
「あのですね、天の高さについて考えてみてくだされ。子どもでも大人でも愚か者でも知識人でも、みんな天が高いのは知っています。しかし、どれぐらい高いのか、ということになると、みんな「知りません」と言うでしょう。このことから、仲尼さまは賢者だが、どれほどの賢者だったのかはわからない、ということがご理解いただけるのではありませんか」
「なるほどなるほどなあ」
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漢・劉向「説苑」第十一「善説篇」より。子貢さまは、してやったりでご機嫌ですね。兵隊の位で言えばどれぐらい? と訊いてみれば答えてくれたかも知れませんが。
「完全勝利」しているといつかはしっぺ返し食うかも知れないので、みなさんはいつも少しづつ負けておいた方がいいかも・・・。
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