何等冷勁(何等の冷勁ぞ)(「不下帯編」)
飯食って居眠り、職場で居眠り、お茶飲んで居眠り、電車に乗ると居眠り、家に帰ってまた居眠り。いったいどうなっているのか。

本日は雨水節だるまー。よく考えたら正月(旧暦)だから休んでごろごろするべきまー。
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年をとったからか、春が近いからか知りませんが、ほんとによく居眠りします。
ところで、今日は旧暦の正月三日、正月といえばみなさん「お屠蘇(とそ)」は嗜まれましたでしょうか。え? 旧暦じゃないから先月飲んだ? なるほど。さすがですね。
「お屠蘇気分」の「お屠蘇」はお酒ですが、これは正確には「屠蘇酒」で、「屠蘇」をお酒に溶かしたもの。「屠蘇」は七種類の生薬(オケラとか山椒とか丁字とか)を混ぜた粉末の薬物です、と「本草綱目」に書いてあります。これをお酒に溶かして正月に飲む風習はチャイナではおそらく六朝時代、我が国では平安時代から始まって、紀貫之先生の「土佐日記」にも
(十二月)廿九日、大湊にとまれり。くす師(薬師)ふりはへて屠蘇白散(に)酒加へて持てきたり・・・。
とあるそうです。七十歳ぐらいの紀貫之先生が女性になりきって「土佐日記」を書いているのを想像すると、LGBTs国家・日本らしくてほほえましいですね。
その後、「屠蘇酒」は我が国では江戸時代に武士階級から広まって都市民の間に大流行し、今に至る。一方、チャイナでは夙に風習としては滅んでしまっているそうです。(ここまでは肝冷斎の前振り)
・・・唐初の大道士にして「千金薬方」等の本草学の著作のある孫思邈は自らの住居を「屠蘇庵」と名付け、ひとびとに屠蘇酒を元旦に飲むことを教えたそうでして、
孫思邈有屠蘇酒方。謂屠絶鬼気、蘇醒人魂也。
孫思邈に屠蘇酒の方有り。謂う、「屠は鬼気を絶し、蘇は人魂を醒ましむる」なり。
自らの庵を「屠蘇庵」と名付けた孫思邈が「屠蘇酒」の作り方を整理したのだが、「屠蘇」の意味をこう書いて、庵に掲示していたという。
―――「屠」(ほふる)というのは、われらを取り巻く空間にある悪霊たちの妖気を途絶する、ということじゃ。「蘇」(よみがえる)というのは、われらの意識下に眠ってしまっている人間の生命力を呼び覚ます、ということじゃ。
そうだったんだ。それにしても、わたくし金埴が思いますに、
此八字、何等冷勁。
この八字、何等の冷勁ぞ。
この八文字、なんとも冷ややかで強いコトバではありませんか。
「冷勁」は冷徹で強力、批判や曖昧さを宥さないの意、現代のコトバで「科学的」と言い換えればかなり近いのではないでしょうか。
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清・金埴「不下帯編」巻三より。今日はなんでわたしなどが入れてもらえるのか知りませんが、音楽や文化のみなさんと中華料理をいただいて、お酒も少しいただいてまいりました。みなさんは気持ちよいかも知れませんがわしは席上でも居眠り、帰りの地下鉄で居眠り、さきほどまで居眠りじゃ。「屠」も「蘇」もできません。居眠りから覚めて今は寒くてしようがないです。明日からは暖かくなるそうなんですが、果たして如何に。
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