亦自知之(また自らこれを知る)(「玄品録」)
なかなか気づかなくて、困ることもあります。やはり誰かに言ってもらわないと。

春になってきたのでカッパもそろそろ出現するでカッパ! みんな、しりこだま育ててるか?見せてみろでカッパ!
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北宋の名官僚の一人、張詠は、少年時代、傅霖というひとに学問の手ほどきを受けたことがある。傅霖は官僚になることにはあまり興味を持たず、いつも道教の経典を読んでいる静かなひとで、張詠はその人柄に深い尊敬の思いを抱いていた。張詠はやがて科挙試験に合格し、
既貴、求之三十年、不可得。晩年守宛丘。
既に貴にしてこれを求むること三十年なるも、得べからず。晩年、宛丘に守たり。
どんどん偉くなった。もう一度傅霖先生に会いたいと思い、三十年ぐらい探してみたが、手がかりはなかった。そのうち晩年になって、河南・宛丘の太守となった。
ある日、
有被褐跨驢、叩戟門、呼曰、語尚書、青州傅霖来。
褐を被(き)驢に跨り戟門を叩きて、呼びて曰く「尚書に語れ、青州の傅霖来たれり」と曰うもの有り。
麻の粗末な服を着てロバにまたがった人が表門の戸を叩いて、呼びかけた。
「大臣どのに取り次いでいただけませんか、山東・青州の傅霖がまいりました、と」
閽吏走白其言。
閽吏、走りてその言を白(もう)す。
門番の小者は、奥の部屋まで走って、客人のコトバを告げた。
張詠は言った、
傅先生天下名士、爾何人敢斥名氏乎。
傅先生は天下の名士なり、爾なにびとぞ、敢て名氏を斥(さ)す。
「斥」(せき)はふつうは「しりぞける」「おしのける」です。「排斥」の「斥」ですね。しかし、「指斥」のように「指し示す」という意味があるので、そちらだと解してみました。
「傅先生? 傅先生は天下に名高い賢者だ(が、もう何年も前に亡くなっているはず)。おまえさんは何者だ、あの人の苗字と名前を使うとは」
と言いながら門を開いてみると、若い時のままの傅霖先生が立っていた。先生の方が年下になっていたんです。上司が年下の場合とどちらがやりにくいかな。
別子一世、尚爾童心。是豈知世間有我哉。
子と別るること一世、なお爾童心なり。これ、あに知らんや、世間に我有るを。
「あれれ? きみと別れてから一世代以上になったが、きみはまだ子どものころの精神のままだね。どうして、この俗世間にわたしがいることをご存じなかったのか」
張詠も訊いた、
何昔隠、今出耶。
何ぞむかしは隠れしに、今出づるや。
「どうしてこれまで姿を現さなかったのに、今になってお見えになられたのですか」
先生は言った、
子将去矣。来報子耳。
子まさに去らんとす。来たりて子に報ずるのみ。
「おまえさんもそろそろ行く時が来た。そこで報せに来たのだ」
張詠は答えた、
詠亦自知之。
詠もまた自らこれを知れり。
「そうですか・・・。いや、わたしも自分でもわかっておりました」
先生は言った、
知復何言。
知るあらばまた何を言わん。
「知っているのなら、もう言う必要はないな」
遂別去、不告所往。踰月張詠死。
遂に別れて去り、往くところを告げず。踰月にして張詠死せり。
そこで別れて去っていってしまった。どこへ行くなどとは言わなかった。・・・翌月、張詠は死んだ。
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元・張雨「玄品録」巻五より。「宋史」巻二九三「張詠伝」に出るお話とのこと。「そのうち死ぬぞ」は絶対的に正しいですからね。死んだと見せかけて仙人になってる人もいるかも知れないんですが。
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