天下之事已尽矣(天下の事、すでに尽くせり)(「説苑」)
いよいよ最終回!みたいな題名ですね。体調も悪いし、忘れっぽくなってるし、明日はともかく明後日ぐらいどうなっているかわからない。これだけは言っておかねばならない、ということを言っておきます。よく聞いておかねばなりません。

食べ物のせいだと思うのですが・・・。眠いだけかも。
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春秋時代という設定だと思いますが、
常従有疾、老子往問焉。
常従に疾有り、老子往きて問う。
常従先生が病気になったというので、老子が見舞いに行った。
先生の枕上で、老子は言った、
先生疾甚矣、無遺教可以語諸弟子者乎。
先生疾甚だし、遺教の以て諸弟子に語るべきもの無きか。
「先生の御病気はひどいですね。もうダメだと思うので、何か、私ども弟子に語って遺していくべき教えというのはございませんか」
常従は言った、
子雖不問、吾将語子。
子、問わずといえども。吾まさに子に語らんとす。
「おまえさんが問わなくても、わしはおまえさんにそれを語ろうと思っておったんじゃ」
過故郷而下車、子知之乎。
故郷を過ぎるには下車す、子これを知れるか。
―――むかし住んだ土地を通ったときには、馬車から降りて歩くものじゃが、おまえさんはその指し示す意味を知っておるか。
老子は言った、
過故郷而下車、非謂其不忘故耶。
故郷を過ぎるには下車するは、その故を忘れざるの謂いに非ざるや。
―――むかし住んだ土地を通ったときには馬車から降りて歩く、というのは、むかし世話になったことを忘れてはならない、という意味ではありませんでしたかな。
嘻、是已。
嘻、これのみ。
―――おお、そのとおりじゃ。
過喬木而趨、子知之乎。
喬木を過ぎるには趨る、子これを知れるか。
―――高い木の横を通る時は小走りで通り過ぎるものじゃが、おまえさんはその指し示す意味を知っておるか」
過喬木而趨、非謂其敬老耶。
喬木を過ぎるには趨るは、その老を敬うの謂いにあらざるや。
―――高い木の横を通る時は小走りで通り過ぎる、というのは、年老いたひとは尊び敬わねばならん、という意味ではございませんでしたか。
嘻、是已。
嘻、これのみ。
―――おお、そのとおりじゃ。
それから、常従先生は、
張其口而示老子。
その口を張りて老子に示す。
口を大きく開けて、老子に見せた。
そしておっしゃった、
吾舌存乎。
吾が舌、存せるか。
―――わしの舌は、あるか。
然。
然り。
―――ありますね。
吾歯存乎。
吾が歯は存せるか。
―――わしの歯は、残っているか。
亡。
亡し。
―――ございません。
子、知之乎。
子、これを知れるか。
―――おまえさんは、その意味を知っておるか。
夫舌之存也、豈非以其柔耶。歯之亡也、豈非以其剛耶。
それ、舌の存するや、あにその柔なるを以てに非ずや。歯の亡ぶるや。あにその剛なるを以てに非ずや。
―――ああ、舌は残っておりますのは、それがふにゃふにゃした柔らかいものだからでございましょう。歯が無くなっておりますのは、それがごつごつした剛いものだからでございましょう。
嘻、是已。天下之事已尽矣。何以復語子乎。
嘻、これのみ。天下の事、已に尽くせり。何を以てまた子に語らんや。
―――ああ、そのとおりじゃ。世界のことは、もうすべて教えた。これ以上おまえさんに語ることが何かあろうか。
常従先生はそれきり口を噤んでしまわれた。
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漢・劉向「説苑」第十「敬慎篇」より。いいことばだなあ。あんまりたくさん漢字知らなくても読めるのもいいでしょう。故郷と老人とふにゃふにゃが大事なんです。
わしはふにゃふにゃしていたのでここまで生きていられましたが、ほんとうにこれ以上、みなさんに何も言うことはない・・・と思ったのですが、まだ舌が残っているので明日も何か言うかも。明後日も。そこから先はだんだんわからなくなってくるかも。
文化財も滅びる世の中です。しかし放火とか失火とかで人為的に滅ぼすのは如何なものか・・・と思いましたが、古墳とか中世城郭とか、どんどん開発してるので、何事も資本主義のためには滅ぼすのがいいことなのでしょう。人間のシアワセさえも。ところで、この間の首里城はそんなに長くなかったと思います。
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