令和8年2月調査報告(柏)

2月15日(日)・・・疲労がなかなか取れない・・・ような気もするのですが、そんな高級なことを言っていられる人間でもないので、天気がいいから散歩しよう・・・「てかのうみ」(現代の手賀沼から霞ケ浦にもつながっていたといわれる広大な内海)の西の端、古利根川が流入する地域を調べたいと思って出かけましたんじゃ。
今回は、「柏たなか」の駅から出発。

〇薬王山吉祥院 ・・・ おそらく昔はかなりの山の中だったと思うのですが、今は住宅の中です。

門前の石造物。宝永年間のは確認したのですが、もう少し古いのもあるかも。

お寺に入ったらこんなのがいました。白いののしりたたきをしていたら赤いのが来た。

赤いのがしりたたき要求をして突撃してきました。なんだこいつら。
このあと適当にたたいて、寺の人に見つからないように「謝礼」を食わせて、立ち去ります。
縁起良いね。

〇大室香取神社 ・・・ 不動像があるなどいい感じの村社です。「大室」はこのあたりの大字名のようです。

ここも左手に石造物多数あり。神社はかなり合祀してあるようです。

〇大室古墳群、キツネ山古墳 ・・・ キツネ山古墳(大室一号墳)は墳頂に出世稲荷さまのある円墳です。六世紀のものらしいです。舌状台地の東端にあり、かつては手賀沼に流入する古利根川から仰ぎ見られたはず。

お稲荷さんには真新しい揚げが奉納されていました。近所の人が大事にしているみたいです。この円墳の向こうは一気に崖になります。

もとは丘の先端に写真の上に見えるキツネ山古墳(一号墳)だけがあると思われていたのですが、公園整備のために整地したら、オレンジの部分から堅穴石室が出ました(二号墳)。人骨のほか銀象嵌の鉄剣などが出ており、古墳群埋葬者がかなりの地位ないしは勢力を持っていたことが立証されたという。

〇吉田家住宅 ・・・ こんなでかい在郷屋敷ははじめて見ました。大名屋敷かと見まがうぐらいです。この屋敷を平成まで保持していた吉田家のみなさんんはアタマが下がります。

奥の住宅の右手には「書院」、裏手には「新座敷」があります。右手のは蔵。

式台玄関の左側には「店」があり、土間につながります。この部屋は玄関と「店」の間にあり、はじめ「へんなところにある茶室」かと思ったのですが、茶炉が切られておらず、「店」番の部屋ではないかと思います。緑の硝子がおもしろいですね。
女中部屋に男が忍び込まないための工夫も勉強になった。

〇松ヶ崎城 ・・・ 15世紀~16世紀の中世城郭らしく、記録がありません。方形単廓式という単純な形ですが、土塁、空堀、腰曲輪、筋違い虎口、古墳を利用した物見台、などすばらしい要素を含んでいます。この城の下に中世期の住宅遺跡があり、おそらく市場町を構成した萌芽的な城下町であろうと思われます。城の下まで手賀沼が迫っていた時代です。

筋違い虎口。左右は土塁。左側の土塁の手前から空堀が掘られています。

腰曲輪。

腰曲輪の先に「松ヶ崎井戸」がありました。今は涸れてしまっているようですが、この裏手には地蔵さまとかあっていい雰囲気です。夜行かない方がいいと思います。

我孫子駅まで行きたかったのですが、足がつらいので、今日はここまで。北柏から帰りまっせ。ほんとにゆっくりしか歩けません。

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