2月12日 この年になっての体重増はつらい

以醜化好(醜を以て好きを化す)(「潜夫論」)

体重増で身動きも鈍くなってきました。わしはもういいので、みんなでシアワセにやってくだされ。もう磨き砂にもなれないと思います。

「すもうデブ」ではなくて、「すもうでぶー」と言っている状況です。おすもうさんは太るほど強くなるのですごい。われは太るほど弱っていくなり。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

後漢の時代に、みんなでシアワセになる方法を考えていた人もいるんです。彼によれば、

夫明君之詔也若声、忠臣之和也如響。

いいですね。古代には、そんなすばらしい時代があったに違いない。
その時代には、

長短大小、清濁疾徐、必相応也。

しかも、さらに間違いの無いように、

攻玉以石、洗金以塩、濯錦以魚、浣布以灰。

一般化すれば、

夫物固有以賤理貴、以醜化好者矣。

何ものにも居場所と意義があるのである。

智者棄短取長、以致其功。今使貢士必覈以実、其有小疵、勿彊衣飾、出処黙語、各因其方、則蕭、曹、周、韓之倫、何足不致。

だそうです。

孔子曰、未之思也、夫何遠之有。

真剣にやれば人材はどんどん発掘できますぞ!

なお、これは「論語」子罕篇のコトバです。全文を味わってみましょう。

唐棣之華、偏其反而。豈不爾思、室是遠而。

この詩について、

子曰、未之思也、夫何遠之有。

こんなのを聴くと、「からごころ」を嫌った本居宣長が「くじ(孔子)はよきひと」と孔子だけは「推し」だったこともわかろうというものです。なお、朱子は詩の中の「爾」、どう考えても恋愛の相手の女性を指しているのはわかるのに、「これが何であるかはよくわからない」とすっとぼけているのが、またこの人らしくて笑えます。(もちろんわたしは後世なので笑えるので、目の前だと「まったくですなあ」と頷いているだけだと思いますが。)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

後漢・王符「潜夫論」実貢篇より。人の欠点より長所を見て育てろ、と、大してすごいことを言っているわけではないと思うのですが、文章巧いですね。ああ大したことないなあ、みんな出来ているからなあ。古い住宅を活用することもできていますからね。(全勝さんの更新がまた止まった?)

王符は、若くして学を好み、志操(間違ったことをしない志)があったそうで、知り合いはみんな出世したのに、

独耿介不同於俗、以此遂不得升進、志意薀憤。

「耿」(こう)は「ぴかぴかと光る」とか「かちかちと堅い」の意。「耿介」で固く志を守る、という意味になります。

その憤懣を噴出して、当時の政治を批判するために書いたのが「潜夫論」です。どうせ出世もしない、名声も要らない、ということで「潜夫」(ひそんでいる男)と名乗ったという(「後漢書」巻四十九「王符等列伝」)。
本朝・豊後日出の帆足万里がそのひそみに倣って「東潜夫論」(チャイナより東のひそんでいる男の論文)を書いています。「〇潜夫」と名乗ったら匿名で攻撃しても怒られなさそうで便利かも。よし、〇〇や✕✕を批判するときは「二世肝冷潜夫」と名乗るか。

ホームへ
日録目次へ

コメントを残す