乾鼠燕石(乾鼠と燕石)(「後漢書」)
↑これはなんでしょうね。

どちらも美味そうでぶー。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
後漢の大学者・応劭が献帝に申し上げた。
昔鄭人以乾鼠為璞、鬻之於周。宋愚夫亦宝燕石、緹襲十重。
昔、鄭ひと乾鼠を以て璞と為し、これを周に鬻ぐ。宋の愚夫また燕石を宝とし、緹襲すること十重なり。
むかし、鄭の国のひとはネズミの干物を「璞(はく。玉の原石)」だと言って、周の国で売ろうとした。宋の愚かなやつは、「燕石」(えんせき)を宝者だと決めつけて、赤い絹十枚で包んでいた。
夫覩之者掩口盧胡而笑。
それ、これを覩る者、口を掩い盧胡(ろこ)として笑う。
「盧胡」(ろこ)は「胡盧」と同じ、と辞書に書いてあるのですが、要するに、「げらげら」というオノマトペです。
それを横から見ている者は、口を蔽ってげらげら大笑いしました。
さてさて、しかし、
斯文之族、無乃類旃。
斯文の族、すなわち旃(これ)に類する無きや。
文学や儒学を学ぶ輩が、これと似ているということはありますまいか。
知識人も政治家も大丈夫でしょうか。「わたしを攻撃する者はいろいろと仕掛けてくる」と叱られるかな。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「後漢書」巻四十八「応等列伝」より。知識人とかそいつらは困ったものだが、それにしても「乾鼠」と「燕石」、一体なんなのだ。気になってきますよね。
「尹文子」という今は散佚した本に、次のような話がある(「戦国策」にも同話があります)。
鄭人謂玉未琢者為璞。周人謂鼠未腊者為璞。
鄭ひと、玉のいまだ琢せざるものを謂いて「璞」(はく)と為す。周ひと、鼠のいまだ腊(せき)せざるものを謂いて「璞」と為す。
鄭の国のひとは、まだ磨かれていない玉の原石のことを「はく」という。周のひとは、ネズミのまだ干物になりきってないもののことを「はく」という。
周人遇鄭賈、人曰、欲買璞乎。鄭賈曰欲之。
周ひと、鄭の賈に遇い、(周)ひと曰く、「璞を買わんと欲するか」と。鄭賈曰く、「これを欲す」と。
周のひとが鄭の商人に会った。周のひとが言った、「「はく」を買う気はあるかね」、鄭の商人は言った、「買いたいね」と。
「契約成立!」
出璞視之、乃鼠也。
璞を出だしてこれを視るに、すなわち鼠なり。
そこで周のひと、「はく」を出してこれを見せた。よく見ればネズミであった。
ということじゃ。
同じ「璞」(はく)という呼び名でも全く違うもの(玉とネズミぐらい違う)を指すことがある。この人は賢者だ、と言っても、「賢さ」の意味が違うことがあります。「斯文の族」には往往あるのではないかな?
「燕石」についてはまた明日。
ちなみに、この文章、古代人はネズミを食っていたという証拠になりますね。有限な資源としてのネズミです。ネコなんかに譲らなかったのです。
コメントを残す