2月10日 これはまた暖かくなりましたなあ(予定)

乾鼠燕石(乾鼠と燕石)②(「後漢書」)

肝冷斎は若いころ「燕石道人」と名乗っていたこともあるのです。今は名乗ってませんけど。「燕石」とは何であろうか。

大切にしているものをけなされたら、キレるでぶー!

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春秋時代のことですが、

宋之愚人得燕石梧台之東、帰而蔵之、以為大宝。

周客聞而観之、主人父斎七日、端冕之衣、釁之以特牲、革匱十重、緹巾十襲。

やっと中から「燕石」が出てきた。

客見之、俛而掩口盧胡而笑、曰、此燕石也、与瓦甓不殊。

「甓」(へき)は「瓦」と同じですが、並べた時には、屋根の上のが「瓦」で道路などに敷く敷瓦が「甓」です。

そう言われて、

主人父怒曰、商賈之言、竪匠之心。蔵之愈固、守之弥謹。

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これは「闕子」という、これも今は散佚した本に出てくるものです。「後漢書」の注に使われていたのでこの部分だけ遺りました。昨日の「乾鼠」と同じで、周のひとと鄭の商人、今回は宋のひとと周の旅人という組み合わせです。いずれもコントみたいになってたのかも知れません。
それにしても、ああ、なんと悲しいことではありませんか。本当は価値のないものを、価値あると信じて貴び、人の助言も聞かないとは。・・・と思ったけど、知識人とか普通にしていることなので、あまり悲しくない気もしてきました。してきますよね。

燕山之石、似玉而非玉。

と申します。肝冷斎が若くして「燕石」を称した理由がお分かりいただけましょう。そして今は名乗っていないのもおわかりいただけましょう。つまり、「玉に似てさえいなかった」ことが明らかになってしまったのである。

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