日暖泥融(日暖かにして泥融けたり)(杜牧詩)
今日暖かかったなあ。明日はもっと暖かくなって、いろんな動物が冬眠から覚めて来るんだろうなあ。よかったなあ。

日本人の通念としては温泉アイスが最も贅沢品であろう。
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唐の時代のことですが、
宣州送裴坦判官往舒州。
宣州にて裴坦(はいたん)判官の舒州に往くを送る。
安徽・宣州で、同僚の判官・裴坦(はいたん)が、西の方の舒州に転勤になったので、見送りする。
時牧欲赴官帰京。
時に牧は官に赴かんとして京に帰らんとせり。
ちょうどその時、わたくし杜牧も、次の職を見つけるために都・長安に戻ろうとしていた時だった。
ここから七言詩になります。
日暖泥融雪半銷、行人芳草馬声驕。
日暖かにして泥融け雪は半ば銷(き)ゆ。行人、芳草、馬声驕なり。
日光が暖かくなってきたので、凍っていた泥も融け雪も半ばは消えた。
旅に出るおまえさんは、芽を出した香り草の中、ウマにまたがればウマもえらそうな声をあげる。
おまえさんは、新しい旅立ちのうきうきした気分である。
九華山路雲遮寺、青弋江村柳払橋。
九華山の路には雲寺を遮り、青弋江の村には柳橋を払わん。
旅の途中には霊山・九華山がある。その山道では、雲の向こうに寺が見え隠れするだろう。
また青弋江(せいよくこう)のほとりの村では、(完全な春になって)ヤナギがそよそよと橋を撫でていることだろう。
君意如鴻高的的、我心懸旆正揺揺。
君が意は鴻の如く、高く的的たらん。我が心は旆(はい)を懸けて、まさに揺揺。
おまえさんの気持ちは、あの大鳥のようで、高いところできもちよく、
わたしの心は旗指物を掲げたときのように、ほんとうにふらふらとしている。
不安なのである。
同来不得同帰去。故国逢春一寂寥。
同じく来たるも同じく帰り去るを得ず。故国に春に逢うも一たび寂寥(せきりょう)たらん。
一緒に長安から赴任してきたのだったが、一緒に帰るというわけにはいかんようだ。
ふるさとの街(ここでは長安をいう)でまた春に会うことになるわしだが、それもまたひとしお寂しいことでありましょう。
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唐・杜牧「樊川集」より。春になってまいります。明日も暖かいはず。すばらしい一日になるであろう。ちなみにこの裴坦というひとは懐の広い優秀な男で、年下ですが杜牧は気に入っていたらしい。裴坦はずっと後に宰相にまでなっているので、普通の後輩とは違っていたのであろう。
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