以防遺失(以て遺失を防ぐ)(「後漢書」)
忘れるのもひどいです。さっきまで覚えていたのに、なぜ忘れてしまったのか。ああ頭来たー! ・・・みたいにならないように。

キャリア形成に役立つかな。べんてんとの人脈がある、ということが売りになるかも。・・・ああ、新自由主義になるとこんなことばかり考えて人生を費消していくのであろう。
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後漢の朱穆というひとは、貴顕にも厳しく法を適用し、何度も処罰されそうになった立派な役人ですが、外戚として権力を振るう梁冀に仕えたことがあった。年を経て梁冀とは何の関係も無くなったのですが、
以故吏、懼其釁積招禍、奏記諫。
故吏を以て、その釁(きん)積みて禍を招かんことを懼れ、奏して記諫す。
昔の上司だということで、彼へのいろんな人の不平不満が積み重なって、禍いを招いてしまうのではないかと心配し、文章で諫めてさしあげた。
「釁」(きん)は武器や楽器などに犠牲の血を振りかけてそれを浄める儀式のことで、普通は「ちぬる」と訓じますが、血を塗れない隙間が出来ることから、「すきま」という意味が生じ、特に人間関係について用います。
古之明君、必有輔徳之臣、規諫之官、下至器物、銘書成敗、以防遺失。
古えの明君は、必ず輔徳の臣、規諫の官有り、下器物に至るも成敗を銘書して、以て遺失を防ぐ。
いにしえのよき君主には、必ず徳を補佐する部下、諫言して規制してくれる幕僚がいたんです。それだけでなく、心の無い器や物にさえ、成功と失敗の分かれ道を刻み書いて、いつも忘れないようにしておられたのです。
故君有正道、臣有正路。従之如仁、終朝為悪、四海傾覆。
故に、君に正道有り、臣に正路有り。これに従えば仁なるが如きも、終朝悪を為せば、四海傾覆す。
そのおかげで、君主には正しい道が明確にされ、部下には正しい忠告の仕方が明らかでした。そのコトバに従えば、おそらく「仁」、ひととして正しい行動ができたのです。しかし、午前中いっぱい悪いことばかりしていたのでは、四方の海も傾きひっくり返り、世界は大混乱に陥ることでしょう。
うんたらかんたら。
と、厳しい諫言を行った。しかし、
冀終不悟、報書云、如此、僕亦無一可邪。
冀、終に悟らず、書を報じて云う、「かくの如ければ、僕にまた一の可も無きか」と。
梁冀さまはとうとう理解なさらなかった。回答書を返して、その中で
「そんなこと言い出したら、わたしには何もいいことが無いみたいではないか。(いいことはたくさんあると思うのだが)」
と反論したのであった。
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「後漢書」巻四三「朱楽何列伝」より。祖父の朱暉からはじまる朱家のひとたちの事績が「朱」の部分です。
梁冀さまは忠告も聞かず、結局、跋扈将軍と言われ、最後は一族皆殺しになるわけでございますが、器物に刻んだ銘の例が「太公陰謀」という今は亡んだ書(一部が「六韜」「三略」に影響を与えていると言われます)に掲げられている(「後漢書注」による)ので、参考までに挙げておきます。よく噛み締めておくといい・・・と思いますけど、「噛み締めても、処遇やキャリア形成の過程で評価されることはなかった」と後で怒らないでくださいね。
武王衣之銘曰、桑蚕苦、女工難、得新捐故後必寒。
武王の衣の銘に曰く、「桑蚕苦なり、女工難なり、新を得て故を捐(す)つれば後必ず寒し」と。
武王が衣服に書いた(あるいは衣服の保管場所に刻んだ)銘にいう、
―――桑を採って蚕を飼う。苦しい仕事である。女たちが糸を紡ぎ機を織る。辛い仕事だ。新しいものを得たからといって古いものを捨てるようでは、やがてくる冬には(一枚しか服が無くて)必ず凍えることになろう。
破れても捨てない肝冷庵方式が正しいんです。
鏡銘曰、以鏡自照者見形容、以人自照者見吉凶。
鏡の銘に曰く、「鏡を以て自ら照らす者は形容を見、人を以て自ら照らす者は吉凶を見ん」と。
鏡に刻んだ銘にいう、
―――鏡を使って自分の姿態を見る者は、かおかたちを確認できる。人を使って自分の言行を見る者(忠告を聞く者)は、よいことが起こるか悪しきことが起こるか、未来を知ることができる。
觴銘曰、楽極則悲、沈湎致非、社稷為危。
觴の銘に曰く、「楽極まればすなわち悲しく、沈湎(ちんめん)して非を致し、社稷ために危うし」と。
(お酒を飲み干すと目に入るように)さかずきの底に刻んだ銘にいう、
―――楽しいことの究極は悲しいことばかり。酒に溺れ沈んで間違いを仕出かし、国家はかくして危険になる。
社稷を危うくしてはいけないと思います。わたしも読み終わりました。しょうかい石はやっぱり一族で富を独占しすぎですわー。
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