1月23日 平日昼間は食って寝てるので体重増える

詩中有人(詩中に人有り)(「不下帯編」)

週末だから詩でも読むか。
ところで、みなさんはどこかに自分がいますか。

おれたちカッパはカエルと違って茹でられても死ぬはずないでカッパ。高齢化でも人口減少でもどーんと来い、でカッパ!

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明の終りから清の初めのひと、余姚の梨洲先生・黄宗羲は博学大才、最後まで清朝に仕えようとしなかった「明の遺臣」、智慧と道義を兼ね備えたひとですが、

有執巻仰可者。

先生初閲之曰、杜詩。

杜甫の詩をお手本にして作っていたので、その人はちょっといい気分になった。

再閲之連声曰、杜詩、杜詩。

「うっしっしー、杜甫の詩に見えますか。いやあそれほどでも・・・」

其人欣形於色。

すると、先生は、おもむろに言った、

詩則杜矣、但不知子詩安在。

「は?」

先生は言った、

詩中有人。豈非詩中無人耶。

「むむ!!!」

其人爽然自失、退而遜心苦志以求之者両載。

復以仰可、則先生首肯曰、是則子之詩矣。

予友万承勲曾述此一節、因識之。

間違ってたらそいつのせいです。

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清・金埴「不下帯編」巻三より。みなさんは詩の中に自分を発見できますか。

と書いてみたところ、
「賢治だ! 賢治だ!」
「え、ほんとですか。ありがとうございます」
「ところで、君はどこにいるのだ?」
と言われる感じでしょうか。二年ぐらい努力して、

というのを持ってたら、「君の詩だね」と言われたらどうしよう。

ちなみに後のは草野心平の「号外」という詩です。権力者のシマヘビが死んだ、というので、カエルたちが鳴いてその喜びを伝えていく、という内容。・・・うーん、確かにこのカエルたちこそ、わたしの自分かも知れない。そしておそらくその中にみなさんもいますよ。

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