1月21日 寒いのに出勤する精神力が求められる

人畏老貧(人は老いて貧しきを畏る)(「後山談叢」)

カネがすべての世の中だ―――とすれば、老いて貧しいのは恐ろしい。われわれの気づかないうちに経済や福祉が後退していく(気づいても「まあまだいいか」の精神力だ)時代ですので、セーフティネットぐらいは張っておいてもらいたいものです・・・と望むのも、老害のそしりを免れないのか。嗚呼。

福をもたらすえべっさんはきっと関西弁やで。知らんけど。

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北宋のころですが、こんな俗諺(民間の言い習わし)があったそうです。

夏旱修倉、秋旱離郷。

どういうことであろうか。

歳自処暑至白露不雨、則稲雖秀而不実。

呉地下湿不積、一凶則饑矣。

そうすれば食を求めて一家離散、放浪者となるしかない。恐ろしいことではないか。

人間社会について類推してみますと、

田怕秋旱、人畏老貧。

心配ですね。

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宋・陳師道「後山談叢」巻三より。陳師道は徐州のひと、字を履常といい、後山居士と号す。仕官の意欲は無かったそうですが、歳三十を過ぎて蘇軾(東坡)らの推薦で徐州の教授、さらに都・開封で太学博士となった。蘇軾ら旧法党が失脚すると科挙を受けていないことを攻撃されて罷免され、地元に帰る。旧法党が復権した元符三年(1100)にふたたび呼び出されて秘書省正字となるが、翌年病に卒した。
この「談叢」は、同時代の人物の言動や社会の現状をいろいろ書き残してくれているメモ集みたいなものですが、情報の集まってくる中央省庁のえらい人、ではなく、民間に近いところでデマやウワサ話レベルのことを聞いていた人なので、陳後山の死の30年後ぐらいに生まれた南宋の朱子が「その時どきに聞いたこと(「一時の伝聞」)をそのまま書いているので、いい加減なことも多いが、それはいにしえの司馬遷や班固でも免れなかったことである」と批判しながら基礎資料として珍重しています。・・・というように、いい加減なものだと思って読めば案外役に立つ・・・あれ? ならば現代のメディアと何が違うというのか。

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