聖賢為骨(聖賢を骨と為す)(「酔古堂剣掃」)
もう大寒も過ぎて冬終わり!・・・と思っていたのに、一日だけさぼって帰ってきたらまた寒くなっています。どういうことだ、怪しからん、と文句も言いたくなりますが、このような悪い環境にも負けないような強い人間にならなければならない。

あまいマー。今日からが大寒節でルマー。
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どうせなら、
聖賢為骨、英雄為胆、日月為目、霹靂為舌。
聖賢を骨と為し、英雄を胆と為し、日月を目と為し、霹靂を舌と為す。
聖人賢者(の教え)を骨とし、古来の英雄(のきもったま)みたいなのを自分のきもったまにし、太陽や月のようにらんらんと輝くで目で真実を発見し、激しい雷鳴のように語る。
ようになりたいものである。これはいいコトバですね。
ただ、強くなろうとすると失敗することもあるので、第二目標としては、
平易近人、会見神仙済度。
平易にして人に近づけば、すなわち神仙に済度せられん。
公平で素直な気持ちでいろんなひとと親しめば、いつか(その中に神仙がいて)神仙に救われていいところにいけるかも知れない。
失敗すると、
瞞心昧己、便有鬼怪出来。
瞞心己を昧(くら)まし、すなわち鬼怪の出で来たること有らん。
(自分は大したものだと)誤解して心が自分自身を騙してしまい、そこから幽鬼や妖怪が出てくることになるであろう。
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明・陸紹珩編「酔古堂剣掃」巻八「奇」より。政治とか経済とか、何か含むところがあって引用しているのではありません。だらだらと読んでいるだけです。↓これが一番しっくりくるかも。
一世窮根、種在一捻傲骨。
一世の窮の根、種は一捻の傲骨に在り。
一生涯にわたって世にうまく適合せず貧窮している。その根源の種は、ひとひねりぐらいの大きさの「傲骨」のせいなのだ。
「傲骨」は普通のひとは無いと思うのですが、反権威的な人は首筋にこれがあって、このために頭が下げられないらしいんです。みなさんはありますか。わたしは・・・。
千古笑端、伏于幾個残牙。
千古の笑いの端は、幾個の残牙に伏す。
未来のひとびとに嘲笑されるような(ことばの)端は、あといくつかしか残っていない、この老人の歯の間に隠れているかも知れない。
年寄が人に笑われないようにするには、何も言わないことですじゃ。なるほどなあ。居場所があるといいのですが。
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