大哉居乎(大なるかな、居や)(「孟子」)
「あんたの頭の中ではそうなんだろうけど」と言いたくなってくるのですが、しかしこの独断がこの思想家たちの魅力でもある。

と思いつつ、三時間ぐらいかかってがんばっているのだ。この思想家は「きみには期待している、なぜやろうとしないのだ、みんなはやっている!」と人をハイにする力を持っているのでヒン。
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戦国の時代のことですが、
孟子自范之斉、望見斉王之子、喟然歎曰、居移気、養移体、大哉居乎。
孟子、范より斉に之(ゆ)き、斉王の子を望見して、喟然(きぜん)として歎じて曰く、「居は気を移し、養は体を移す、大なるかな居や。
朱子「孟子集注」を読んでみます。
范斉邑。居謂所処之位。養奉養也。言、人之居処、所繋甚大。王子亦人子耳。特以所居不同、故所養不同、而其気体有異也。
范は斉の邑なり。「居」は処るところの位を謂う。「養」は奉養なり。言う、人の居処は、繋るところ甚大なり。王子また人の子なるのみ。特に居る所の同じからず、故に養う所の同じからざるを以て、その気・体異なる有るのみ。
范というのは斉の国の中の都市。「居」というのは(ここでは)そこにいるところの地位のこと。「養」というのは受けているサービスのこと。ここで言いたいのは、人間の地位というのは、関係してくることがたいへん大きい、ということだ。王子といえども人間の子どもに過ぎないが、地位が特別に人と違うから、受けるサービスも違うので、その気力や体力が違ってくるというだけなのだ。
「居」は本来は「居る場所」「住んでいるところ」ですが、この朱注は、「ここでは地位のことだ」と言ってますね。「気」は物質の根源とかエネルギー体とかいろんな意味を含むコトバですが、この注では「気力」と訳しておけばよさそうです。
ということで、「孟子」本文は、
孟先生が范の町から斉の首都に行ったときのことじゃ。王子さまを遠くから見かけて、「ああ」と感動して言ったんじゃ、
「地位は気力を変え、サービスは体力を変える。地位というのは大きな問題だなあ。
以下、孟子のコトバが続きます。
夫非尽人之子与。孟子曰王子宮室車馬衣服多与人同。而王子若彼者、其居使之然也。況居天下之広居者乎。
それ、尽(ことごと)く人の子に非ざるや。王子の宮室・車馬・衣服多く人と同じ。しかるに王子のかくのごときは、その居のこれをして然らしむるなり。いわんや、天下の広居に居る者をや。
朱注では「孟子曰」は羨文(えんぶん)、すなわち要らない文字だ、というので、読み下しでは削っておきました。朱注は続けて、
「広居」見前篇。尹氏曰、睟然見於面、盎於背。居天下之広居者然也。
「広居」は前篇に見ゆ。尹氏曰く、「睟然(すいぜん)として面に見(あら)われ、背に盎(あふ)る。天下の広居に居る者は然るなり」と。
「広居」というのは(単なる「居」(地位)ではない)、前の篇に出ている(コトバだ)。北宋の尹焞先生がおっしゃっているように、「つやつやと顔に現われ、背中から溢れて来る」(と「孟子」が「尽心上章」の別のところで君子の性とするところ(生命力のようなもの)について言っているが、)広大な世界という住まいに住んでいる人はそのようになるのだ」。
めんどくさいですが、前の篇を探します。だいぶん前に戻って「滕文公章」下に、「いにしえの弁舌によって天下国家を動かした政治家たちこそ「大丈夫」(大いなる立派な男)というべきですよね?」と問われた孟子先生が、「そんなやつらは妾婦と同じで大丈夫ではない」(←ああ、「孟子」本文に墨塗りでもしなければならない大逆非道のコトバである!!!!!)と言いまして、本当の「大丈夫」とはこんな人物だ、と説明する中に、
居天下之広居、立天下之正位、行天下之大道・・・
天下の広居に居り、天下の正位に立ち、天下の大道を行い、・・・
(地域や一国にこだわらず)広大な世界という住まいに住み、(正義という)世界の正しい方角に向かって立ち、世界に通用する大いなる方法で行動し、・・・
という有名な一節があります。読んだだけで背筋がぴんと立つような美しいコトバですが、ああ、だが、フェミニズム大逆非道でありますから、深く反省しなければなりませんね。うっしっし。
ということで、やっと「孟子」に戻ります。
さて、どの子どももみんな人間の子どもでないことがあろうか。そして、王子の住んでいる家や部屋、乗っている車やウマ、着ている衣服、だいたいは他の(上流階級の)ひとと同じようなものじゃ。それなのに、王子があのようであるのは、その地位がそうさせるのである。ということは、広大な世界という住まいに住んでいる人(わたしの言う「大丈夫」)であれば、もっとすごいことになるであろうのう。
また、こんなこともあったんじゃ。
魯君之宋、呼於垤沢之門。
魯君、宋に之(ゆ)きて、垤沢(てつたく)の門に呼ばう。
朱注にいう、
垤沢宋城門名也。孟子又引此事為証。
垤沢(てつたく)は宋の城門の名なり。孟子、またこの事を引きて証と為す。
「垤沢」というのは宋の城門の名前。孟子は、続けてこの事件を引用して、自分の言いたいことの証拠にしているのである。
ということで、
魯の君主が、宋の国に行って、宋のお城の垤沢の門で(入城を請う、と)呼び声を上げたんじゃ。
守者曰、此非吾君也。何其声之似吾君也。
守者曰く、「これ吾が君に非ざるなり、何ぞその声の吾が君に似たるや」と。
以下には朱注は一言もありません。
(その声を聞いて)門番は言ったんじゃ、「このひとはうちの殿さま(宋公)でないぞ。それなのに、どうしてその声がうちの殿さまにそっくりなのか」と。
此無他、居相似也。
これ、他無し、居の相似たればなり」と。
これは他でもない、「居」が互いに似ているからじゃよ。」以上、孟子のコトバでした。
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「孟子」尽心章下より。一読、「はあ?」と言いたくなりませんか。本当に「孟子」の文章らしくて、独断・独善だらけで、若いころは腹が立ちました。
自分のことを「孟子」(孟先生)と呼ばせているのはともかく、斉の王子のどこが普通の人と違うのか。気力と体力が普通のひとよりある、という意味らしいのですが、本当にそうなのか実際に見てない読者にはわかりません。「信じろ」というのが如何にも孟子らしい。さらに、それが「居」による「養」のおかげだ、というのは全く孟子の想像ではないか。
さらに、途中で「居」に二重の意味(「地位」と「広大な世界に存在している」ということ)を持たせて読者を混乱させて、その意味のずれを説明せずに説得しようとしているぞ。
おまけに、例示で引いてきている宋の門番も、本当に声が似ているのか、実際に聞いていない読者にはわかりません。これも「信じろ」というのでしょう。それが「居」が似ているからだ、というのも孟子の想像に過ぎないではないか。
・・・いつも「孟子」を引くと申しておりますが、若いころに腹が立った分、今では「論語」や「老子」なんかより親しいものに感じるようになっております。社会をかき回したものの権力から弾き出された孟子一門が、自分たちで集まって「ああいわれたらこういいましょう、こう言ったことにしましょう」と想定問答として作った本、だと思えば、何か微笑ましいではありませんか。
ところで、この章について、我が国のある思想家がこう言ってます。
余一間の室に幽閉し、日夜五大州を併呑せんことを謀る。人皆其(の)狂妄を笑はざるはなし。
わたしはいま、一間だけの部屋に幽閉されているが、毎日毎晩、地球上の五つの大陸を全部吞み込んでしまうことを考えている。ひとびとはみんなわたしのこの狂った妄想を笑わないものはいない。
是れ他人の笑ふ者は、其居る所狭窄にして、余が居の広大に若かざるを以てなり。吾邦海禁の厳なりしより、天下の人六十六国の外、寸板海に下ることを得ず。故に其観る所僅かに六十六国に止(とどま)る。狭窄と云べし。余独り一室に傲睨し、古今を達観し、万国を通視す。是を以て覚へず知らず広大を致すことを得る。蓋し余他人と其(の)智能大小あるに非ず、独り其(の)居の広狭あるのみ。
そいつら他人が笑っているのは、わたしの暮らしている場所が狭く、わたしの向かい合っている世界が広大なのに大きな差があるからである。現在、我が国の海外渡航の禁止は厳格で、我が国の人は六十六の律令制の国の外には、一寸の板といえども海に下ろすことができない。そのために、見ることができるのは、わずかにこの六十六の律令制の国にとどまっている。これは確かに狭い。わたしだけは一人、一室に傲慢な視線で、時代を越え、万国を見渡しているのだ。このおかげで、思わず知らずのうちに、広大な状態になることができているのである。つまり、わたしは他人とその智慧や能力にすごい・ダメの違いがあるのでなない。ただ、その視座が広いか狭いか、だけなのだ。
「居」の意味を住んでいる場所から「視坐」みたいなことに替えてきました。だまされてはいかん・・・と思いつつも、教育されていく・・・。
今や欧羅巴米利幹の夷輩、万国を梯航し宇内を合して一となさんと欲す。是又其智能人に過ることあるに非ず、唯其大艦巨舶万国を以て比隣とするの故を以て能く然り、其居広大なるの効なり。今六十六国の人をして万国に梯航せしめば、亦何ぞ其狭窄を憂へんや。欧羅巴米利幹亦何ぞ云ふに足(ら)ん。
現代では、ヨーロッパやメリケンのえびすどもめは、地球上のよろずの国を船で航海し、世界を合わせて一つのものにしようとしている。(グローバリズムだ!)これもまた、彼らの知恵や能力が他の国のひとびとより勝っているということではない。ただ彼らのどでかい船がよろずの国を隣近所に変えてしまう力を持っているからこうなるのだ。彼らの居る場所(活躍できる場所?)が広大であるおかげである。今、六十六の律令制の国の人々(つまり日本人なんですが、これだとアイヌや沖縄や小笠原が抜けちゃうんですよね)に、地球上のよろずの国に船で航海させてやれば、そうなればもう(活躍できる場所が)狭いなどという心配ごとはなくなるであろう。ヨーロッパやメリケンどもまた何をか言わんや。
大哉居乎、夫居移気、養移体、ものは(←ママ)常人の論なり。天下の広居に居る者に至(り)ては、亦居養の能く移す所に非ず。
孟子のこの章にいう「地位というのは大きな問題である。それが気力を変え、受けるサービスが体力を変える」というのは、ふつうの人に関するテーゼである。広大な世界の中で堂堂と立ち向かおうとする者については、もう地位やサービスがどうこうできるということはないのである。
万国に梯航するを得て、始て広大を致す者は常人也。余が一室に幽囚して広大を致す如きは学の力のみ。
よろずの国に船で航海することができて、はじめて広大な視座を持てる者(高杉や伊藤や井上、おまえらだ!)はふつうの人である。わたしが一室に幽閉されながら広大な視座を持っているのは「学問」の力によるのだ。
わたしのように学問することだな。わははは。
と、自信過剰なところも何だか本家の「孟子」と似ているのも、「居」が似ているからかも知れません。この人はこの時獄中にあって「孟子」の講義をしています。吉田松陰「講孟余話」巻四之上より。
ほんと「孟子」読むと疲れるなあ。ようし、おれもやってやる、と眠れなくなったりもします。みなさんも吉田先生の弟子みたいに、世界や地域ででかいことやる人材になってくだされ。
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