1月15日 ほんとかどうかはわからないんです

大哉居乎(大なるかな、居や)(「孟子」)

「あんたの頭の中ではそうなんだろうけど」と言いたくなってくるのですが、しかしこの独断がこの思想家たちの魅力でもある。

と思いつつ、三時間ぐらいかかってがんばっているのだ。この思想家は「きみには期待している、なぜやろうとしないのだ、みんなはやっている!」と人をハイにする力を持っているのでヒン。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

戦国の時代のことですが、

孟子自范之斉、望見斉王之子、喟然歎曰、居移気、養移体、大哉居乎。

朱子「孟子集注」を読んでみます。

范斉邑。居謂所処之位。養奉養也。言、人之居処、所繋甚大。王子亦人子耳。特以所居不同、故所養不同、而其気体有異也。

「居」は本来は「居る場所」「住んでいるところ」ですが、この朱注は、「ここでは地位のことだ」と言ってますね。「気」は物質の根源とかエネルギー体とかいろんな意味を含むコトバですが、この注では「気力」と訳しておけばよさそうです。

ということで、「孟子」本文は、

以下、孟子のコトバが続きます。

夫非尽人之子与。孟子曰王子宮室車馬衣服多与人同。而王子若彼者、其居使之然也。況居天下之広居者乎。

朱注では「孟子曰」は羨文(えんぶん)、すなわち要らない文字だ、というので、読み下しでは削っておきました。朱注は続けて、

「広居」見前篇。尹氏曰、睟然見於面、盎於背。居天下之広居者然也。

めんどくさいですが、前の篇を探します。だいぶん前に戻って「滕文公章」下に、「いにしえの弁舌によって天下国家を動かした政治家たちこそ「大丈夫」(大いなる立派な男)というべきですよね?」と問われた孟子先生が、「そんなやつらは妾婦と同じで大丈夫ではない」(←ああ、「孟子」本文に墨塗りでもしなければならない大逆非道のコトバである!!!!!)と言いまして、本当の「大丈夫」とはこんな人物だ、と説明する中に、

居天下之広居、立天下之正位、行天下之大道・・・

という有名な一節があります。読んだだけで背筋がぴんと立つような美しいコトバですが、ああ、だが、フェミニズム大逆非道でありますから、深く反省しなければなりませんね。うっしっし。

ということで、やっと「孟子」に戻ります。

また、こんなこともあったんじゃ。

魯君之宋、呼於垤沢之門。

朱注にいう、

垤沢宋城門名也。孟子又引此事為証。

ということで、

守者曰、此非吾君也。何其声之似吾君也。

以下には朱注は一言もありません。

此無他、居相似也。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「孟子」尽心章下より。一読、「はあ?」と言いたくなりませんか。本当に「孟子」の文章らしくて、独断・独善だらけで、若いころは腹が立ちました。
自分のことを「孟子」(孟先生)と呼ばせているのはともかく、斉の王子のどこが普通の人と違うのか。気力と体力が普通のひとよりある、という意味らしいのですが、本当にそうなのか実際に見てない読者にはわかりません。「信じろ」というのが如何にも孟子らしい。さらに、それが「居」による「養」のおかげだ、というのは全く孟子の想像ではないか。

さらに、途中で「居」に二重の意味(「地位」と「広大な世界に存在している」ということ)を持たせて読者を混乱させて、その意味のずれを説明せずに説得しようとしているぞ。

おまけに、例示で引いてきている宋の門番も、本当に声が似ているのか、実際に聞いていない読者にはわかりません。これも「信じろ」というのでしょう。それが「居」が似ているからだ、というのも孟子の想像に過ぎないではないか。

・・・いつも「孟子」を引くと申しておりますが、若いころに腹が立った分、今では「論語」や「老子」なんかより親しいものに感じるようになっております。社会をかき回したものの権力から弾き出された孟子一門が、自分たちで集まって「ああいわれたらこういいましょう、こう言ったことにしましょう」と想定問答として作った本、だと思えば、何か微笑ましいではありませんか。

ところで、この章について、我が国のある思想家がこう言ってます。

「居」の意味を住んでいる場所から「視坐」みたいなことに替えてきました。だまされてはいかん・・・と思いつつも、教育されていく・・・。

わたしのように学問することだな。わははは。

と、自信過剰なところも何だか本家の「孟子」と似ているのも、「居」が似ているからかも知れません。この人はこの時獄中にあって「孟子」の講義をしています。吉田松陰「講孟余話」巻四之上より。

ほんと「孟子」読むと疲れるなあ。ようし、おれもやってやる、と眠れなくなったりもします。みなさんも吉田先生の弟子みたいに、世界や地域ででかいことやる人材になってくだされ。

ホームへ
日録目次へ

コメントを残す