1月11日 家にいると寒いので出かけます(予定)

以獅子罪人(獅子を以て人を罪す)(「洛陽伽藍記」)

1.11ですね。何か事件があるかも知れません。トランプさんとか最近凄いからなあ。

おいらもこれぐらい尊敬してほしいものでシーサ。

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このお話は類話が多いので、どこかでご紹介していると思いますが、昨日「白象坊」の紹介をしてしまったので、せざるを得ないのです。
「白象坊」の隣は「獅子坊」といいます。「獅子」が飼われていたからこの名前がつきました。

獅子者、波斯国胡王所献也。為逆賊万俟醜奴所獲、留於寇中、永安末、醜奴破、始達京師。

やってきたのは孝荘帝の時期です。孝荘帝・元子脩は建義元年(528)に即位して、するに永安に改元、その三年(530)、権力を握っていた爾朱氏を除こうとして殺されてしまいました。一方、万俟醜奴は528~530にかけて、この獅子を得たことを慶んで自ら「神獣」(「神虎」説もあり)という元号を建てて自立していた人です。
孝荘帝は、獅子を得ると、侍中の李或(李彧とも)に言った、

朕聞虎見獅子必伏。可覓試之。

「ははあ」

於是詔近山郡県捕虎以送。

しばらくすると、いくつかの県から

並送二虎一豹。

そこで、

帝在華林園観之、於是虎豹見獅子、悉皆瞑目、不敢仰視。

なんでおれがビビらないといかんのだ?セリーグでは優勝してるんでガオ。

ところで、

園中素有一盲熊、性是馴。

「あれを連れてこいよ」

帝令取試之。虞人牽熊至、聞獅子気、驚怖跳踉、曳鎖而走、帝大笑。

おれまでビビったことにされているでクマー!日本中をびびらせてやるでクマー!

こんな皇帝に仕えなくてよかった・・・と思うのは廷臣としてはシロウト。プロなら、こんなことでお笑いいただいたのだから、ありがたいことだと思わねなりませんぞ。

普泰元年(531)、爾朱氏の乱の中、荘帝を殺した長広王も殺されて、その後かつがれて即位した広平王・元恭(謚号して節閔帝という)は、ずっと口が利けないふりをしていたので「あいつがちょうどいいや」ということで帝にされたのですが、実は聡明な方で、それがわかったので翌年には殺されてしまうという人なのですが、即位の詔の中で、

禽獣囚之、則違其性、宜放還山林。

と命じた。

獅子亦令送帰本国。送獅子胡国、以波斯道遠、不可送達、遂在路殺。

有司糺劾、罪以違旨諭、王曰、豈以獅子而罪人也。

遂赦之。

よかったです。

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北魏・楊衒之「洛陽伽藍記」巻三より。トラ(んぷ)もライオン(国際法や道義など)の前ではおとなしく、今日は何もなくて平和でよかったなあ(予定)。明日もいい日だといいですね。

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