莫不泣涕(泣涕せざる莫し)(「後漢書」)
午前中かなり元気だったんですが、午後どんどんダメになってきて、夕方からは何もする気になりません。この間テレビでやってた老人性の双極性のやつだろうと自己診断しましたが、どうする気にもならないので泣き寝入りですわー。

七草がゆ食ってがんばれ!君ならできる、期待している。なぜできないんだ、みんなはできてる。
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後漢の延熹五年(162)、湖南から南海(今の広州)、交趾(北ベトナム)にかけて反乱が起こり、一時、各州の太守が逃げ帰るなど、後漢の華南支配は麻痺してしまいました。このとき、尚書の朱穆は山陽の度尚を推挙し、度尚は荊州刺史に任ぜられると、湖南の諸蛮夷(少数民族)を募兵して、反乱軍を追い詰めていきます。
遂入南海、破其三屯、多獲珍宝。
遂に南海に入りてその三屯を破り、多く珍宝を獲たり。
とうとう南海郡に入ったところで、やつらの基地を三か所打ち破り、その集積していた宝物類を大量に捕獲した。
降る者数万人といいます。度尚はなおも残党を追撃しようとしたのですが、
士卒驕富、莫有闘志。緩之則不戦、逼之必逃亡。
士卒驕富し、闘志有る莫(な)し。これを緩うすれば戦わず、これに逼れば必ず逃亡せん。
兵士たちは宝物を得て大喜びしてしまい、これ以上戦う気を無くしてしまった。寛大に対処してやれば戦わないだろうし、厳しく強制すれば逃亡してしまうだろうことは必然である。
それはそうだ。わはは。やってられるか。・・・よくわかりますね。
そこで、度尚は、諸方から援軍が到着するまでしばらく兵を休めると宣言し、
恣聴射猟。兵士喜悦、大小皆相与従禽。
ほしいままに射猟することを聴(ゆる)せり。兵士、喜悦して、大小みな相ともに禽に従う。
好きなように弓矢での狩猟をすることを許した。もともと蛮族のやつらである。兵士らはみな喜んで、階級の上下などに関わらず、みなともにえものを追いかけていった。
(おろかなやつらじゃ)
尚密使所親潜焚其営、珍積皆尽。
尚、ひそかに親しむところをして、潜かにその営を焚かしめ、珍積みな尽く。
度尚は、秘密裡に信頼する者たちに、自らの部下たちの兵営に放火させた。集めてあった珍しい宝物はすべて焼けてしまったのである。
「うひゃー」
猟者来還、莫不泣涕。
猟者来還して、泣涕せざる莫し。
狩猟に行った者たちは帰ってきて、なみだを流して泣かない者は一人もいなかった。
度尚はそんな兵士ら一人一人を慰労して、当座の食糧を与えるとともに、
卜陽等財宝足富数世、諸卿但不并力耳。所亡少少、何足介意。
卜陽等の財宝は数世を富まするに足るに、諸卿ただ力を并せざるのみ。亡うところは少少なり、何ぞ介意に足らんや。
(反乱軍が現在根拠地にしている)卜陽などの町に貯えられた財宝は、わしらがみんな数世代の間金持ちとして暮らせるに足りるほどだというぞ。それなのに、おまえさんたちは力を合わせて攻め取ろうとしないのだから残念だなあ。今回焼けて失ったものなんてちっぽけなものだ。どうして気にすることなんかあるだろうか。
と言って、煽った。
「おお!」
衆聞咸憤踊。
衆、聞きてみな憤踊(ふんよう)せり。
兵士らはそれを聞いて、みな興奮して踊り始めるほどであった。
尚勅令秣馬蓐食、明旦経赴賊屯。吏士乗鋭、遂大破平之。
尚、勅して秣馬、蓐食せしめ、明旦、賊屯に経赴す。吏士鋭に乗じ、遂に大破してこれを平らぐ。
度尚は兵士らに命じて馬に十分まぐさを飼わせ、寝床を広げてその上で食事をさせて、翌朝、賊の基地にまっすぐ攻撃をしかけた。兵士らはやる気がすごく出ていたので、それに乗ってとうとう大勝利を挙げ、反乱を平らげたのであった。
生産性が上がりました。こちらもご参照ください。→「働き方改革、生産性重視に一定の成果」
出兵三年、群寇悉平。
出兵三年にして、群寇悉く平らげり。
出征してから足掛け三年、(延熹七年に)反乱はすべて平定された。
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「後漢書」巻三十八「張・法・滕・馮・度・楊列伝」より。帰還してきたら目標を失ってうつになったのでは。いや、そんな他人さまのことより自分の心配をした方がいいかも。はあ。ちょっと午前中元気よすぎたからなあ。もうダメだ。
ロシア船籍のタンカーが米軍に捕まったというニュース、気になりますね。うつなど吹っ飛ばすやつかも。
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