1月4日 いい正月と思ってたらまた明日から会社

洛水之神(洛水の神)(「洛陽伽藍記」)

岡本全勝さんに取り上げていただきました。ありがとうございます。ただ、いつも申し上げていますが、肝冷斎は一人に見えることもあるのですが、複数の集合体であり、元気な肝冷斎もいれば、仕事始めの明日がイヤで元気のない肝冷斎もいるんです。今日はもう元気の無い肝冷斎が担当になっています。

にんじんジュースでも飲めば元気になれるかも。真っ赤な、血のように赤い・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

北魏の孝昌年間(525~527)のことですが、彭城(現代の江蘇・徐州)に洛子淵という武人がいた。自ら洛陽の生まれだと言っていた。
ある時、同僚の樊元宝が休暇を得て洛陽に出かけることになり、子淵から実家あての封書を預かった。

元宝は教えてもらったとおり、洛陽・霊台の南の洛水の近くまでやってきたが、

無人家可問、倚欲去。

と、そのとき、

忽見一老翁来問、従何而来、彷徨於此。

元宝は子淵の名前を挙げて、友人の実家を探していると告げた。
「ほほう」
老翁は言った、

是吾児也。

老翁は手紙を受け取ると、元宝を家に案内した。

遂見館閣崇寛、屋宇華麗。

(はて、さっきまでこんな建物、目に入らなかったのに・・・)

まあいいや。

老翁は元宝を客室に通した。

坐、命婢取酒。須臾、見婢抱一死小児而過。初甚怪之。

だが、

俄而酒至、色甚紅、香美異常。兼設珍羞、海陸具備。

飲み食いしているうちに、最初の違和感は忘れてしまった。

飲訖辞還、老翁送出、云、後会難期。

元宝が門から出たのを見届けて、老翁は一礼して去って行った。

「あれ?」

不復見其門巷。但見高崖対水、淥波東傾。

「淥」(ろく)は「みどり」ではなく「清らか」「濾過する」の意。

崖の半ばほどに小さな祠があった。神名が掲げられていて、「洛水神」と読めた。
すぐ下流で人が集まって騒いでいるので、覗きに行ってみると、

見一童子新溺死、鼻中出血。方知所飲酒、是其血也。

元宝は気になったので、休暇の期日までまだ間の在るうちに洛陽を出て、

及還彭城、子淵已失矣。

それにしても、

同戌三年、不知是洛水之神也。

普通は気づきませんよね。
元宝はその後、酒を飲むたびに洛陽で飲んだ赤い酒の鮮烈な味と香りが思い出されてならなかった、ということである。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

北魏・楊衒之「洛陽伽藍記」巻第三「城南」より。人間社会と神さまや妖怪との距離がまだまだ近かった時代の、魔訶不思議なお話でございました。

ところで、同じ話が、五百年後の北宋・楽史の編んだ地理書「太平寰宇記」巻三に採り上げられていますが、それによれば、

―――後魏の洛子淵なる者は洛陽の人で、彭城の守備隊に所属していた。同じ守備隊の樊元宝が洛陽に帰るというので、書を託し、実家は霊台の南に在ると言った・・・とここまでは同じ。

元宝至、忽見一老翁云是吾児書、引入、屋宇顕敞、飲食非常。久之、送元宝出、唯見高崖対水。方知是洛水之神。

と、血の酒を飲んだ話が省略されています。これなら赤いお酒出てきても気になりません。
このあとに、彭城に帰ったら子淵がいなかった、ことではなく、

因立祠、訖今人祀、以祈水旱。

と神社の縁起物語となっています。つまり、説話としては「赤い酒」は必要事項ではないのです。が、楊衒之的には必要だったのでしょう。彼も仕事始めなどには元気がなかったが、こういうの飲むと元気になったのかも。ひっひっひっひ・・・。

ホームへ
日録目次へ

コメントを残す