12月22日 今日は冬至だから明日からもう春だ

百姓感悦(百姓感悦す)(「後漢書」)

毎年冬至の日は同じこと言ってるなあ。ここがやっていないと時事問題がわからなくなってくるでぶー。

太っていると煙突で詰まる、捕まりやすい、警察に連絡されるなどの不利があるでぶー。

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前漢の終りごろ、河南・陳留に虞延という男の子が生まれました。

初生、其上有物若一匹練、遂上昇天。占者以為吉。

及長、長八尺六寸、要帯十囲、力能扛鼎。

がたいがいいので若くして戸牖(長安付近の地名)の亭長(宿場の警察署長)に任命されたが、

時王莽貴人魏氏賓客放縦、延率吏卒突入其家捕之。以此見怨、故位不升。

また、

性敦朴、不拘小節、又無郷曲之誉。

王莽末、天下大乱、延常嬰甲冑、擁衛親族、捍禦鈔盗、頼其全者甚衆。

後漢建国直後、細陽の県令となったが、

毎至歳時伏臘、輒休遣徒繋、各使帰家、並感其恩徳、応期而還。

有囚於家被病、自載詣獄、既至而死。

すると、虞延は、

率掾吏、殯于門外。百姓感悦之。

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「後漢書」巻三十五「朱馮虞鄭周列伝」より。虞鄭はその後さらにえらくなるんですが、外戚に睨まれて最後は自殺を強要された。でぶだったのでうまく立ち回れなかったんでしょうか。哀しいことではありませんか。

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