久圧卿等(久しく卿等を圧(おさ)う)(「何氏語林」)
その場にわしがいるだけで、みんなイヤな気持ちになっているんだろうなあ。

嫌われているだけならおれもそうだが、肝冷斎はさらに軽侮されているからなあ。
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杜甫の祖父に当たる杜審言は、マジメにしていても回りの人がイヤになるようなコトバを吐くひとでした。この点、孫もよく似ています。
杜審言は
将死時、語宋之門、武平一曰、吾在、久圧卿等。今且死、固大慰。但恨不見替人。
まさに死せんとせる時、宋之門・武平一に語りて曰く、「吾在れば、久しく卿らを圧(おさ)う。いままさに死せんとし、もとより大いに慰められん。ただ恨むらくは、替人を見ず」。
まさに死にかけたとき、枕元に控える若手の宋之問や武平一に対して言った。
「わしが生きていた間は、長い間諸君らの重しになってしまっていたからなあ。いままさに死のうとしており、きみらももとより大いにホッとしていることであろう。しかし、わしに取って代われるやつがいないのが心のこりじゃなあ」
このほか、孔平仲の「続世説」を閲するに、杜審言は
恃才蹇傲。為時輩所疾。
才を恃みて蹇傲なり。時輩の疾(にく)むところと為る。
才能があると思って、ひねくれ、傲慢で、同時代のひとたちの敵意の対象となった。
彼の友人でライバルでもあった蘇味道が試験官をしていたとき、試験を受けてきた杜審言は言った、
味道必死。
味道必ず死なん。
ああ、蘇味道は、絶対に死んでしまうぞ!
ひとびとはその理由を問うた。すると、杜審言は答えた、
見吾判、自当羞死。
吾が判を見ば、自らまさに羞じて死すべし。
わしの答案を見たら、自分が如何に未熟かわかって、恥ずかしくて死ぬだろうからな。
またこんなことも言ってました。
吾之文章、合得屈宋作衙官。吾之書跡、合得王羲之北面。
吾の文章は、まさに屈・宋も衙官と作(な)り得べし。吾の書跡は、まさに王羲之も北面するを得べきなり。
わしの文章を読んだら、屈原や同じく楚辞の作者であった宋玉も、わしが大臣を務める役場で下働きするしかあり得まい。わしの書をみたら、書聖・王羲之も南側に坐って王者として君臨するわしの臣下とならざるを得まい。
たとえ冗談だと分かっていても不愉快になるようなことを言う。
其矜誕如此。
その矜誕かくの如し。
そのプライドの馬鹿げて高いこと、このようであった。
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明・何良俊「何氏語林」巻二六「簡傲篇」より。こんな感じでみなさんも自信を持って生きていってくだされ。
全勝さんはまだ復帰していません。この機会に関西方面にでも旅行に行っているのかも。
観ネコ記 令和七年十一月二十九日
駐車場出口付近にいる死にかけと弱腰執事ネコ。
同じくキジネコ。
いつものバグパイプ。目が見えないのでうろうろしています。カラスに狙われているらしい。
白ミケです。腹の上に乗ってきたんですが、はじめ横向きになっていたら肥っているのでよじ登れず、腹を上にしたら登って座り込んでしまいました。地面が寒いのでしょう。
いつも登場する「ハチ」は弱ってしまい、明日医療センター行きとの事。最後になるかも知れないから見て行ってやってくれ、と他のエサやりさんに言われて、寝込んでいるはずのネコハウスを覗き込んでみたが、いませんでした。
また、手前ミケと呼んでいるしりたたけネコも発見したのですが、こちらを見て逃げて行ってしまった。エサやりさんの話では、今週「人間不信」になったらしく、エサやりさんのエサも一週間ぐらい食べてないらしい。めんどくさいやつらですね。
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