11月21日 寒くなってきたのであちこち変調が

莫不流涕(涕を流さざる莫(な)し)(「唐才子伝」)

最近別に涙なんか出ませんけどね。

涙も流さず、前衛的へのへの絵を描くでブー。

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晩唐のひと周朴は字・見素、福建・長楽のひとである。嵩山というと河南にあるのが有名ですが、福建にも同じ名前の山があって、その福建の嵩山に隠棲していた。詩を作るに巧みで、いつもある程度できたあとにいろいろ推敲し、

詩家称為月鍛季煉。

とにかく推敲時間が長いのだが、最初の出来がいいので、結局そのままになることが常であった。

未及成篇、已播人口。

当時はこのような人気詩人であったのだ。

しかるに、

朴本無奮名競利之心。

このため、どれほど勧められても中央に出てくることはなかった。

ところが、乾符年間(874~879)のこと、

為巣賊所得。

黄巣はもとから周朴の詩名を知っていたので、

能従我乎。

と訊いたのであったが、周朴答えて言う、

我尚不仕天子、安能従賊。

と。

賊と罵られて、「おのれ、老い耄れめ!」「うひゃー!」

巣怒斬之。遠近聞之、莫不流涕。

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元・辛文房「唐才子伝」巻九より(一部「唐詩紀事」巻七一を参照した)。わしも在野の詩人として、反乱軍来たらこんな感じでやられてしまおうかと思います。遠近とも、涙を流すどころかにこやかに笑って、聞くであろうかと思いますけれども。
こちらは今日もうんともすんとも音信なしです。そろそろ怒って復活すると思いますが。

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