夜行昼伏(夜行きて昼は伏す)(「草木子」)
賢者は大自然の動きから、なにかを学び取ることができるという。

みんなの集まっているところでは、「へ」が和を乱すかも。みんなで滅亡に向かって一直線の時にも、「へ」には気をつけてな。
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元の乙未年(至正十五年(1355)のことを言っている)のことじゃ。
江淮間群鼠擁集如山。尾尾相銜度江、過江東来。
江淮の間、群鼠擁集すること山の如し。尾尾相銜(ふく)みて江を度(わた)り、江を過ぎて東来せり。
長江と淮水の間一帯に、ネズミが群れて互いの上に乗って集まり、山のようになった。それからそれぞれ前のネズミのしっぽを咥えて、長江を渡った。長江を渡って江東地方まで到達したのである。
また、
湖広群鼠数十万、度洞庭湖望四川而去。
湖広の群鼠数十万は、洞庭湖を度りて四川を望みて去れり。
長江を遡った湖南でもネズミの群が発生し、数十万匹が洞庭湖を渡って西の四川方面へ去って行った。
ネズミたちは、
夜行昼伏、路皆成蹊。不依人行正道、皆遵道側。
夜行き昼伏し、路みな蹊を成す。人の行く正道に依らず、みな道側に遵えり。
夜移動し、昼間は動かずにじっとしていた。ネズミたちが通った後はすべてそこに道が出来た。人間が普段歩いている道は通らず、みな道から外れたところを通ったのである。
そして、
其羸弱者走不及、多道斃。
その羸弱(えいじゃく)者は走りて及ばず、多く道に斃る。
ネズミの中の老いたもの弱ったものたちは全体の移動についていけず、道の横に無数に死んでいた。
いずれもネズミの群が最後にどうなったかは記録されていません。筆者の見聞を越えたのであろう。もしかしたらどこかに行きつきもせずに道端で無数に死んでいったのか。
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元・葉子奇「草木子」巻之三上より。このことからなにか教訓は得られるであろうか。とりあえず、
あ)ネズミでさえ競争社会で、弱い者は脱落するというのに、人間でありながら新自由主義社会を是としないとは何事か。
い)群衆はあほだなあ。おれ・わたしは賢く振る舞わなければ。
う)みんなで渡ればなんとかなる。にやにやしながらみんなについていけばいいのだ。台湾海峡だって渡れるかも。
ぐらいの教訓を得ました。その都度、都合よく使い分けできそうじゃ。みなさんも考えよう。
うーん、全勝さんのHPが更新されなくなっています。ページの不具合らしいのですが、いよいよ天変地異の予兆かも知れません。
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