11月7日 来週忙しそうで涙出る

当待何時(当に何れの時を待つべき)(「西門行」)

でも、先のない者が未来のこと考えるというのもおかしいですよね。よし考えるのやめた。

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後漢の楽府(がふ。音楽を司る「楽府」での演奏に合わせる詞の意)「西門行」(西門のうた)にいう、

出西門、歩念之。

今日不作楽、当待何時。

逮為楽、逮為楽、当及時。

何能愁怫鬱、当復待来玆。

醸美酒、炙肥牛、請呼心所懽、可用解憂愁。

まったく、

人生不満百、常懐千歳憂、昼短苦夜長。何不秉燭遊。

この四句は、いろんな古詩や楽府に使われる「サビ」です。

遊行去去如雲除、弊車羸馬為自儲。

「除」は「途」と同じで「道」とか「通り過ぎる場所」の意です。明日こそ雲の通い路まで行きたいぞー。

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宋・郭茂倩編「楽府詩集」より「西門行」。蝋燭を持って遊ぶのも面倒なこのごろであるが、来週のことを考えるよりはいいと思います。若いひとは手に職をつけられるよう働いてほしいのう。だが、そもそも「游ぶ」とはどういうことをすることだっけ?メンコとかだっけ?

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