求得龍子(求めて龍の子を得たり)(「列仙伝」)
龍に乗れば階段みたいなちっぽけなモノ、上り下りする必要はありません。・・・と思って龍を探したのであろうか。

ワニ「おれではいかんのガー?」
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騎龍鳴(龍乗りの鳴)は、前漢の時代の渾亭(場所は不明)という宿場町のひとであった。
年二十、於池中、求得龍子。状如守宮者、十余頭。
年二十にして、池中において求めて龍子を得たり。状の守宮の如きもの、十余頭なり。
二十歳のころ、池の中で探しているうちに、龍の子を見つけた。やもりのような姿のものを十何匹が得たのである。
鳴は
養食、結草廬而守之。
食(し)を養い、草廬を結びてこれを守る。
食べ物を与えて養い、池のかたわらに草ぶきの庵を作って、龍の子たちを見守った。
龍長大、稍稍而去。
龍長大にして、稍稍(しょうしょう)として去れり。
龍は大きく長くなると、だんだんとどこかに行ってしまった。
かわいがっていても、龍はどんどん変化して進化するドウブツですから、しょうがない。
後五十余年、水壊其廬、而去。
後五十余年、水その廬を壊し、去れり。
それから五十年余り経ってから、池のほとりの家が水害で壊されたので、どこかに行ってしまった。
七十歳以上になっています。家を失くして行方をくらましてしまったのだ。
しばらく経ったある日、
一旦騎龍来渾亭下、語云、馮伯昌孫也。
一旦龍に騎りて渾亭の下に来たりて、語りて云う、「馮伯昌の孫なり」と。
馮伯昌というのは、超古代に河伯に封ぜられた馮夷というひと?神さま?を指しています。「昌」というファーストネームは前出しないので、この時勝手につけられたのではないかと思います。
朝から龍に乗って渾亭の宿場の前まで来て、語った。
「わしは黄河の神・馮伯昌の孫なんじゃ」
そして言う、
此間人、不去五百里、必当死。
この間の人、五百里を去らざれば必ず死すべきなり。
「この辺のやつらは、五百里(一里≒400メートルで計算すると、200キロ)の間、避難しなければ死にますぞ」と。
信者皆去、不信者以為妖。
信者皆去り、不信者以て妖と為す。
そのコトバを聞いて、信ずる者はどこかに避難したが、信じない者はおかしなことをいうやつだと思った。
至八月、果水至。死者万計。
八月に至りて、果たして水至る。死者万を計れり。
八月になって、ほんとうに大水が寄せてきた。死んだ者は数万人に上ったのである。
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伝・漢・劉向「列仙伝」巻下「騎龍鳴」より。こういう無責任なのはいいですよね。この大災害が彼が言っていた災いであるかどうかの証明はできません。したがって年寄のたわごとだった可能性は大きい。だが用心するに越したことはないので、「さすがです」と敬っておくのであろう。
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