何哭慟也(何ぞ哭慟するや)(「倦游雑録」)
こんなことしか書いてない本、毎日読んでても知性も湧かないしキャリアップしないし、もう止めときなはれ。

かといって、奈良県行ってシカいじめてはいけません。戸田のネコいじめでガマンしとけ、とシカ。にほんじんはそんなことはしないカ?
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宋の時代のことですが、鄭向という人は杭州の知事、王耿という人は両浙転運使、これは杭州も含めた浙江一帯の物流や運輸を掌る官職で、お互いに権限が重複するところがあった。
二人者、屢以公事相失、以至互論列、朝廷未推鞠。
二人なるもの、しばしば公事を以て相失し、以て互いに論列するに至り、朝廷いまだ推鞠せざりき。
この二人、権限が重なる中で、政策の方向も違い全くかみ合わない。どんどん対立がエスカレートして、ついにお互いに相手の非違を中央に訴えるまでに至り、朝廷ではいよいよ取り調べをしなければならなくなった。
そんなある日、
耿死。
耿、死せり。
王耿の方が突然死んでしまった。
すると、
鄭往哭之、尽哀。
鄭、往きてこれを哭し、哀を尽くせり。
鄭向は王耿の家に行って、葬儀に加わって大声をあげて泣き、悲しみの意を尽くした。
杭州僚属相駭、曰、龍図素悪端公、今何哭慟也。
杭州の僚属、相駭(おど)ろき、曰く「龍図もと端公を悪(にく)めり、今、何ぞ哭慟するや」と。
杭州の県庁のスタッフや部下たちは、びっくりして囁きあった。
「龍図閣学士の鄭知事は、端公どの(王耿)と以前から悪い関係で憎しみあっていたのに、今回なぜ大声をあげて泣いたのであろうか」
本来政策の違いから始まって抜き差しならないところまで来ていたのである。自分だけいい子になろうとしているのかも知れないが、杭州県庁としては転運使に従うわけにはいかないのだ。
すると、
范拯在傍戯曰、諸君不会、龍図待哭斯人久矣。
范拯傍らに在りて戯れて曰く、「諸君会せず、龍図この人を哭するを待つこと久しきなり」と。
范副知事が横で聞いていて、にやにやしながら言った。
「きみら、ほんとに理解できてないのやな。龍図(閣学士の鄭知事)は、王耿はんの葬式で泣く日が来るのを、長いこと待っとったんやで」
「やっとその日が来て、心行くまで泣いとるんや」
「なるほど、なるほど」
「わっはっは、わっはっは」
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宋・張師正「倦游雑録」より。下らないお話ですが、笑ってていいんでしょうか。・・・まあ、いいんじゃないですかね。大げさに感動しているやつが一番信用できないが、状況分析して冷笑しているやつもダメだ、人間として普通に反応して目立たないやつが一番えらい、とやっとこの年になってのう、骨身に染みてまいりました。みなさんはAIに相談すればいいから、いつもベスト&ブライテストな行動を取っていると思いますが。
経済対策してもらってもかまいません。シカいじめても大事にしてもいいですよ。外国人排斥も止めた方がいいと思うけど身を挺して止める気はないんです。しかし、大和と日本(ヤマト)の言い換えはカンベンしてほしいと思いました・・・が、まあいいや、どうでも。オールドメディア側の揚げ足取りはそこに行きついてないと思いますが、もともとは「山門」の意と思われる。
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