酔生夢死(酔生し夢死す)(「二程語録」)
毎日眠くて居眠り生です。夢死するかどうかはねる前には分からないのでシュレージンガー猫みたいですにゃ。

・・・・・・・・・・・・
北宋のころ、程先生がおっしゃった、
雖高才明智、膠於見聞、酔生夢死、不自覚也。
高才明智といえども、見聞に膠(こう)すれば、酔生夢死して自ら覚らざるなり。
「きみ、高度な才識を有していても、見聞きした表面的なことに引っ張られているままなら、酔っぱらたり夢見たまま、なんにも気づかずに死んでいくということだぞ」
もう少し具体的な問題に即して教えてくれるといいのですが、具体的な面はこの言葉をメモした門弟の一人にとっては自明のことだったのでしょう、よくわかりません。一般論としては「ああそうですね」という程度の教えかと思います。ただ、「酔生夢死」という言葉のインパクトが強くて、「常醒醒」を求められる儒者からすればあまりにも愚昧な生き方に見え、享楽主義者やポストモダンの生き方をする人から見れば「それこそ理想」に見えてしまうので、この形容だけが一人歩きしてしまいますよね。
ほんとは自分はぼんやりせず、ちゃんと計画性を持って生きている、経営セミナーにもでてるしキャリアも積んでいる!という人でも、表面的なことだけでは酔生夢死なんです。うっしっし。
・・・・・・・・・・・・
宋・程明道・程伊川「程氏語録」より。前後にもう少しヒントがあるような気がするので「二程全書」探してるんですけど遥かな地下にありそうで出てこないんで、民国十一年胡朴安等編「俗語典」から引きました。

あとの言葉も知りたいでしょうなあ。だが今日はもうおしまいです。
この本がもう一つ程伊川語録から引いているので、それだけご紹介しておきましょう。
古人有言、曰、共君一夜話、勝読十年書。
古人言有り、曰く、「君と一夜の話を共にするは、十年書を読むに勝れり」。
いにしえの人がこう言っている、「よき人一夜の懇談は、十年の読書にもまさる」と。
岡本全勝さんのホームページに協賛して書いたんですが、リンク方法がわからなくなってるんで、リンクなし。
ホームへ
日録目次へ
コメントを残す