9月10日 年寄ですじゃのに今週は忙しいです

干君何事(君の何事にか干(かか)わる)(「樊川詩集」)

↑は、「おまえさんにとってどういう意味があるのか。なにもないのではないのか。ほっといてくれ」というような意味です。

おれたち忍者ならミズグモの術で近づける、ということをうたっているのではないか。

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唐の時代のことですが、

秋声無不攪離心、夢沢蒹葭楚雨深。

「夢沢」は古代の楚の地方(湖北・湖南)に広がっていた大湿地帯「雲夢沢」(うんぼうたく)のことです。「蒹葭」は水辺に生えるイネ科植物の「蒹(あし)」と「葭(よし)」。この詩では直接関係なさそうですが、下記注1参照。

「楚雨深し」というのは巧い言い方ですね。散文的にいえば「それ(水辺の蒹葭)はかなり向こうの遠景で、それとの間に雨がたくさん重なっている」というようなことなのでしょう。「楚雨」がなぜ「冷たい雨」になるのかは、下記注2参照。

自滴堦前大梧葉、干君何事動哀吟。

「おまえさんにはなんにも悪いことしてないやろ!」
と雨に向かって言っているんです。へんなひとですね。
今日も東京では少し降っただけで、少しも涼しくなりません。そろそろ水不足だともいう。

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唐・杜牧「樊川詩集」より「斉安郡中偶題」(斉安郡中にたまたま題す)。「斉安郡」は湖北・黄州の古い名前だそうです。作者はこのとき、黄州知事の職にありました。「偶題」は「ふと思いついて書いてみた」というような意味です。なかなか秋にならないですね。人の心は秋だというのに。
このひとはこの暑いのにほんとによく働いていますね。

注1 「蒹葭」は、「詩経」秦風に出て来る詩です。

蒹葭蒼蒼、白露為霜。所謂伊人、在水一方。

という詩で、ここまでだと「蒹葭」は変わらぬ姿で向こう岸にいる友人(恋人?関係者?)を指す比喩だと思われます。そのため、「蒹葭」で変わらぬ友情を示したり、浪速の富豪・蔵書家の木村「蒹葭堂」のように「相も変わらず水のほとりに住んでいる」という意味で雅号にしたりします。
ところが、この詩には謎めいた続きがあって、

遡洄従之、道阻且長、遡游従之、宛在水中央。

なんだかよくわかりません。肝冷斎が以前より唱えていますように、「詩経」の詩はすべて祭礼の際の歌謡であると考えると、この詩は水神信仰の祭りの際の唱え歌だと推測され、なんとか理解できそうですが、定説にはほど遠いんです。朱晦庵先生は

上下求之而皆不可得。然不知其何所指也。

と正直に言ってくれています。「わからんことはわからん」というのが朱先生のいいところです。

注2 「楚雨」は、唐の、杜牧より少し先輩になる王昌齢の名高い七絶「芙蓉楼にて辛漸を送る」以来、「冷たい冬の雨」であることになりました。

解説しようとすると明日も忙しいしどうすればいいのか・・・。お、ここにいい解説があるぞ。これでも読んでおいてください。十数年前の解説のようだが、筆者は必ずや高邁の士の、世に容れられずにあったものであろうか。今はどういう生活をしているのであろう。心配です。

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