9月5日 こんな感じで会話のない暮らしをしています

僅一木榻(僅かに一木榻のみ)(「墨余録」)

わたしも、能力以外はだいたいこんな感じなんです。

いよいよ旧盆の入りでカッパ。たくさん帰ってきているカモ!

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清末に近い19世紀の後半、浙江に倪克譲という有名人がいた。もともと神童といわれるような賢い子どもだったが、少年時代に科挙試験用の文章の勉強をさせたところ、どうも熱心ではない。
おやじは村で人に学問を教えていたが、

頗好奕。克譲従傍観、即知虚実、先後、進撃、退守之法、曰、是無難也。

「倪のぼうずはえらい自信じゃのう」

人戯与奕、輒為所勝。

遇疑難処、毎翹首観天、及落子而人皆不能応。其技蓋由天授、非学力所致也。

そのころ、都・北京でも碁が流行っていた。

公卿亦多能手、有某閣部者、奕品称第一。過雲閣、聞克譲名、召与奕、竟日終二局、而閣部連負、倪之名乃更大噪。

セレブになれそうになってきたのです。

しかし、

賦性特異、既不屑治生、亦終不娶家室。所居僅一木榻、日惟危坐、対客常不交一言。人遂目之為痴。

暮年技益精、大江以南無与敵、迹其操行孤潔、豈非奇士哉。

友人の童菽原が言うには、

有絶芸者、必有奇行。倪之孤潔尚矣。余尤服其与閣部奕而竟不稍譲。近人豈易得此。

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清・毛祥麟「墨余録」巻四より。現代では、「カネだけ、今だけ、自分だけ」の新自由主義道を究めなければならないのが我々人類の勤めだとわかっていますから、このような「孤潔」は許されませんが、当時の東洋では許されたのでしょう。わたしも碁は打たないだけで大体こんな暮らしなので反省しなければなりません。---待て待て、「何物も作りださないひと(IT,金融、資本家)が一番リスペクトされる」世の中なのに何故わしのような生産能力の無い者が反省しなければならないのじゃ? もっと尊敬されるべきでは?

ここでは、職人のような資料づくりがなされているようです。

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