春尽即還(春尽くれば即ち還る)(「宋稗類鈔」)
天皇陛下がおことばで「語り継ぐ」ようにおっしゃられた。黙して墓場まで持っていくな、とおっしゃったのである。もう清算はされた、というのである。でもみんな時々ウソを言うと思います。そのときはみんなで「ウソ言うな」と言わないとね。

おぼんです。お休みしても本なんか読めませんよね。
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北宋の末ごろ、山東・青州に劉跛子というひとがいた。片足が不自由で、かつ道教の修行者らしかったので、「跛子」というのである。本名はよくわからない。
湖南の太守だった張天覚が大臣に任命されることになって、都・開封に向かう途中、洛陽の町を通った。このとき、劉跛子は洛陽にいる季節で、
適与客飲市橋。聞車騎過甚都、起観之。
たまたま客と市橋に飲むに、車騎の過ぎること甚だ都(さかん)なるを聞き、起ちてこれを観る。
ちょうど別の客人と繁華街に近い市橋の町で飲んでいた。馬車や騎馬がたいへん派手に通り過ぎる音を聞いて、立ち上がって店の外まで見に来たのだった。
「なんだ、張天覚じゃないか」
跛子挽丞相衣、使且共飲。
跛子は丞相の衣を挽きて、しばらくともに飲ましむ。
跛子は、(丞相になる予定の)張天覚の乗る車にするっと近づくと、張の袖を引っ張った。張は引っ張られるままに車を降りて、しばらく一緒に飲むことになってしまった。
護衛兵もいたのだが、彼らも対処できないぐらい当たり前のように近づいたのである。
その時、跛子がうたった詩。
争如与子市橋飲、且免人間寵辱驚。
争如(いかん)ぞ如かん、子と市橋に飲みて、且(しばら)く人間(じんかん)の寵辱に驚くを免れんには。
俗語の「争如」にはいくつか意味があるようなのですが、ここでは「如かざるがごとし」(それが一番いいだろう、それにはかなわない)の意味に解しました。
おまえさんとこの市橋の酒場で飲んで、しばらく人間世界の出世したり落ちぶれたりにびっくりすることを忘れてしまうのが一番いいだろう。
おまえさんが出世したのには、おまえさんもだろうがわしも驚いた。出世した以上、次は落ちぶれるからな。その時はびっくりせずに泰然としていよう。
一時称其俊爽。
一時その俊爽を称さる。
当時、そのすぐれていてしかも心が清々しいのを称賛されたものである。
劉跛子は、山東の人で、
常拄一拐。
常に一拐に拄(ささ)う。
いつも、一本の杖で体を支えていた。
それなのに、
毎歳必一至洛陽看花、館范家園。春尽即還。
毎歳必ず一たび洛陽に至りて春花を看、范家園に館す。春尽くれば即ち還る。
毎年、春になると必ず数百キロも離れた洛陽までやってくるのだ。やってきて、いつも多くの名官僚を出した范氏の館に泊まる。そして、春が過ぎてしまうと、すぐにまた山東に帰っていくのであった。
范家の若いひとたち、洛陽の町の人たち、みんな彼を愛し、彼に親しんだということである。
彼がしていたのは、人脈による「仕事」かなんかわかりません、「活動」の一種でしょうか。
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清・潘永因「宋稗類鈔」巻四「放誕篇」より。やがて靖康の変で金の占領下に陥いった洛陽の町では、長く劉跛子のことが語り継がれたという。
しばらく人間(じんかん)の寵辱に驚くを免れん。
彼はやがてくる国家の衰亡をも予見していたのであろうか。
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