鎮服百僚(百僚を鎮服す)(「帰田録」)
いろいろうまくいかないけど、どうでもいいや。今日も傘を二本どこかに置いてきてしまいましたが、濡れなければそれでいいのだが傘が無くて濡れてしまうし、どうなっているのか。

官僚たちが緩んだら、おれがカサコソと現れて、締めてやるぜ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
この話も、わたしは愚かなので何を言わんとしているのかわからないのです。特になんでみんな笑っているのかわからないんです。
北宋の初めごろのことですが、
故老能言五代時事者、云馮相道、和相凝、同在中書。
故老よく五代の時事を言う者、云うに、馮相道、和相凝、中書に同在す、と。
古老(くそじじい)たちの中には、五代のころの話を、まるで最近のことのように言うひとがいる。その人が言うことには、馮道と和凝、五代後半の官僚政治家を代表するこの二人が、ともに宰相クラスの職に就いていたことがあったのだそうである。
一日、和問馮曰公靴新買其直幾何。
一日、和、馮に問うて曰く、「公の靴、新たに買うにその直(あたい)、幾何ぞや」と。
ある日、馮の足もとを見つめながら質問した。
「おまえさんのクツ、新品を買ったようじゃが、いったいいくらぐらいするものかな」
「ほう、これですか」
馮道は、
挙左足示和、曰、九百。
左足を挙げて和に示して曰く、九百ならん、と。
左足をちょっと挙げて、和に示すと、言った、「九万円ぐらいかなあ」と。
現代の値段との関係がわからないのですが、一応宰相が履いているくつなので高めに見積もって、「百」を「一万円」として訳してみました。
和性褊急、遽回顧小吏、云吾靴何得用一千八百。因詬責久之。
和は性褊急、遽(にわ)かに小吏を顧み、云う「吾が靴、何ぞ得て一千八百を用いんや」と。因りてこれを詬責すること久し。
和相は性格が偏屈で短気だったから、すぐに後ろに控えている小役人を振り向いて
「わしの靴は、どうやっても十八万円もしないぞ」
そのあとしばらく、なんでそんな高いのを買うのだ、とか、ワイロで取ったのでは、とか、いろいろ文句をつけてきた。
それがひととおりおさまったころ、
馮徐挙其右足、曰、此亦九百。
馮、おもむろにその右足を挙げて、曰く、これまた九百なり、と。
馮道は、ゆっくりその右足を挙げて言った、
「こちらもまた、九万円しましたのじゃ」
「ぷぷっ」「ぶふ!」「ぶはははははーーーーー!!!!」
於是烘堂大笑。時謂宰相如此何以鎮服百僚。
ここにおいて烘堂大笑す。時に謂う、宰相かくの如し、何を以て百僚を鎮服せん。
「烘堂」の「烘」は「あぶる」とか「ゆでる」という意味の字ですが、ここでは「洪」(大きい)の意味で使っているのだろうと思います。
これを聞いて、大きな政堂の中は、大笑いになった。
この当時のひとびとは、「宰相がこんな(おふざけ体質)で、全官僚をどうやって心服させることができようか」と言い合った。
〇〇内閣みたいに人事で締め上げればいいのに!
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
宋・欧陽脩「帰田録」巻二より。くそー、ほんとに何が可笑しいのかよくわからないんです。いなしかたがウマくて、その場にいた人にしかわからんのじゃ、というならそう書いてほしい。最後のところだけは、如何にも孤立した「老害」が言いそうなリアリティがあります。なんでもかんでもスマホで文句言って孤独になっていくことでしょう。
コメントを残す