流離之思(流離の思い)(「倦游雑録」)
なんでこんな暑い日にこんなことになるのか。浮雲です。あ、「不運」と打とうとして「浮雲」になりました。こちらの方がいい感じ。

ゆすりかも雲のように流れて行くよ。中間管理職のようだ。
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北宋の王平甫、といえば王安石(介甫)の弟・王安国のことですが、性格のきつい兄貴に比べて、人格も識見も温和ないい人だったらしいんです。だが、
以高才碩学、勁正不附麗。
高才碩学を以て、勁正にして附麗(ふり)せず。
才能高く学識は巨大で、正義感が強く、有力者と徒党を組まなかった。
であったという。
神宗の煕寧年間(1068~77)、ある秋の日に、新しい宮廷の歌を作れという指示があって、「点絳唇」(絳(あか)を点じた唇、「口紅さして」)という詞を作った。
其旨蓋有所刺、以示其游。
その旨、けだし刺すところ有りて、以てその游に示す。
その歌詞の意味は、実際には当時の政治について風刺するところがあったようであり、友人たちにもそれを見せた。
それを見た先輩の魏泰は「おお」と嘆息して、言った。
公之辞美矣。然断章乃流離之思、何也。
公の辞は美なり。然るに、断章すなわち流離の思いあるは、何ぞや。
「おまえさんの使う言葉は、すばらしい。しかし、一部だけを見ると、どうみても流され棄てられた者の気持ちになっているのは、何故だ」
果たして翌年、
平甫竟以讒得罪、廃帰金陵。
平甫ついに讒を以て罪を得、金陵に廃帰す。
王平甫はとうとう讒言によって罪に問われ、官を廃して南京に帰郷した。
歌詞にあった、
宝瑟塵生、金雁空零落。情無托、髩雲重掠、不似君恩蒲。
宝瑟に塵生じ、金雁は空しく零落す。情の托する無く、髩雲(びんうん)重掠し、君が恩の蒲の似きにあらず。
秘宝のおおごとには塵が生じました(もう長いこと演奏を求められていないので)。
おおごとの飾りの黄金の雁はむなしくぽろりと落ちました(雁は結婚の申し込みに持って行く鳥である)。
この思いを託するものさえない。(俯いてばかりのわたしの)雲のような黒髪は重くて扱いきれない。おまえさんの心がガマのように軽いのとは違う。
のとおり、捨てられて流されたというわけである。
そのころ、高麗からの使者が来て、王平甫の作品集を求めた。
有旨令権知開封府元厚之内翰抄録以賜。
旨有て権知開封府・元厚之内翰をして抄録して以て賜う。
指示が出て、首都・開封府の臨時代行知事であった翰林院の元厚之に、写しを作らせて使者に下賜することとなった。
そこで、元厚之は王平甫に新作が無いかと問い合わせてきた。
平甫以詩戯厚之、曰、誰使詩仙来鳳沼、欲伝賈客過鶏林。
平甫詩を以て厚之に戯れて曰く、
誰か詩仙をして鳳沼に来たらしめ、賈客に伝えて鶏林を過ぎらしめんと欲す。
と。
「鳳沼」は「鳳凰池」のことで、文人たちの集まるところ。「鶏林」は朝鮮の古称。
王平甫は、詩を作って、元厚之にふざけて答えた。その詩に曰く、
どなたかね。詩仙(と言われた李白のような詩人であるおまえさん)を文人たちのどろどろした沼に遣わして(詩集を買い求めさせ)、旅商人に渡して古い朝鮮の国の向こうまで、伝えようとしているのは。
と。
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宋・張師正「倦游雑録」より。立派な詩に見えますが、これでも「ふざけている」と言われるのです。みなさん、大したこと言ってないと思っていても、肝冷庵にはつらい言葉になっているのかも知れませんよ。
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