行之甚難(これを行うは甚だ難し)(「宋稗類鈔」)
実施しようとすると難しいことばかりです。尿酸値の薬、初日以外、毎日飲むの忘れるので、今日は夜飲んでみました。

「海にはこんなの出る」とか思っていると現代を生きていくのは難しい。
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宋の時代に鉄脚道人といわれるすごい人がいたんです。
道人は、
虬髯玉貌、倜党不羈。
虬髯(きゅうぜん)にして玉貌、倜党して不羈なり。
「倜」(てき)は、「高い」「遠い」「抜きんでる」の意。
ひねりあがったほほ髯に、たまのようなぴかぴかの顔をし、仲間からは高く抜きんでて、誰の支配も受けないのだった。
嘗愛赤脚雪中、興発則朗誦南華秋水篇。
嘗(つね)に赤脚にて雪中にあるを愛し、興発すればすなわち「南華秋水篇」を朗誦す。
いつも、(冬には)はだしで雪の中にいることが好きなのだ。さらに気持ちがよくなると、「南華経」(「荘子」のことです)の「秋水篇」、地球エネルギーの象徴のような出水期の水が、ひしひしと増水してくるという物語を朗々と唱え出すのだった。
又愛嚼梅花満口、和雪咽之。
また、梅花を満口に嚼し、雪と和してこれを咽むを愛せり。
また、梅の花を口いっぱいに含んでむしゃむしゃ噛みながら、雪も口に突っ込んで混ぜ込んで飲み込むのも好きであった。
或問咽此何為。曰、我欲寒香沁入肺腑。
或いは問う、これを咽んで何をか為す、と。曰く、我、寒香の肺腑に沁み入らんことを欲せり。
あるひとが訊ねた、「そんなものを飲み込んで何かいいことがあるのか?」と。
道人は答えた、「わしは、冷え切った梅の香りを、肺や内臓に沁み込ませようとしたんじゃ」と。
その後、河南の霊地・南岳衡山に薬草類を採りに行った。
夜半登祝融峰、観日出、乃仰天大叫曰、雲海蕩吾心胸。
夜半、祝融峰に登り、日の出づるを観て、すなわち天を仰いで大叫して曰く、「雲海、吾が心胸を蕩かせり」と。
深夜、主峰である祝融峰に登って、山頂で日の出を見た。天を仰いで大声で叫んで言った、
「雲の海のすがたが、わしの心と胸、精神と身体を、ぐたぐたにしてしまった」
と。
居無何、飄然而去。
居ることいくばくも無く、飄然として去れり。
しばらくの時間いただけで、ふい、とその場を離れて行った。
また都に戻ってきたようです。
ある時、「九字経」(九文字だけで出来る覚えやすい標語)を作った。
勿欺心、勿妄語、守廉恥。
心を欺くことなかれ、妄語するなかれ、廉恥を守れ。
自分の気持ちにウソをついてはいけない。いい加減なこと、虚偽のことを言ってはいけない。正直で恥を知る―――それだけはやってみよう。
これを部屋に懸けて、言った、
知之甚易、行之甚難。苟能実践、可謂君子。
これを知るは甚だ易きも、これを行うは甚だ難し。いやしくも能く実践するあらば、君子と謂うべし。
この言葉の意味ははなはだ簡単にわかる。しかし、この言葉のように行動しようとすればはなはだ困難である。もしよくこの言葉どおりに実践している人がいれば、それは立派な人であるといえよう。
これは難しそうです。
なお、道人がその後どこに行ってしまったのか、その最期は、などのことは、誰も知らない。
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清・潘永因編「宋稗類鈔」巻二「隠逸篇」より。難しいことをする人ですね。熱伝導率高いので鉄ではないような気がします。プラスチックだったかも知れません。
また難しい本を読んではりますね。いろいろ興味が広いので感嘆します。今、いただいた「ガリア戦記」読んでまっせ。さて「孝経」は岩波新書読んでないので読んでからまた整理しなおそうと思いますが、玄宗帝の御注「孝経」を先代の肝冷斎のときに第五章まで訳して厭きてしまったはずです。「十三経」の中ではそんなに解釈でもめる難しいものではありませんが、チャイナやコリアでは「宗族」や「族譜」など「孝経」が身近に必要な社会システムを作ってきたので、「実践面」では重要文書です。しかし日本ではあんまりそんなシステムになってないので、遠い難しいものになっています。身体髪膚云云と言っていたら、切腹もカミカゼもできません。日本のわれら民草の孝行感に影響を与えているとしたら具体的な自己犠牲の例を教えてくれる「二十四孝」の方でしょうか。
倫理感を鼓舞してくれるいい言葉はあるのですが、「資本主義精神」を叩きこまれた今となっては通用しないのでは・・・。今は消費の単位である「家族」は大事みたいですが。
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