一酔酬之(一酔してこれに酬いん)(「唐摭言」)
涼しくなってきたような気がするし、少し日が短くなってきたような気もします。まだ暑くなるとの予想に対して逆張りします。もう秋ですよ。そろそろ北向きの部屋には小さい秋が忍び込んでくる。

古墳などに来て小さい秋を見つけて行ってくれ。
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唐の武徳五年といえば、まだ中原の統一さえなっていない時期だが、この年、唐の最初の科挙が行われた。
李義琛(ぎちん)とその弟義琰(ぎえん)、従弟の上徳の三人は、隴西の地で、
国初、草創未定、家素貧乏。与上徳同居、事従姑、定省如親焉。
国初、草創いまだ定まらず、家もと貧乏なり。上徳と同居して従姑に事(つか)えて、定省親の如し。
唐帝国の初めごろ、創建されたもののまだ天下を取れるかどうかわからない混乱期で、李家ももとから貧乏であったから、生活は苦しかった。兄弟の両親は既に亡くなっていたので、上徳の家に同居し、上徳の兄の嫁さんに服従して、実の親にするように毎朝ご機嫌を取ったりしていた。
これは「いい人たちだ」という意味です。
そんな中で、科挙試験が再開されたというので、三人そろって試験を受けるために咸陽(長安)に向かって出発したのだった。
至潼関、遇大雪、逆旅不容。
潼関に至りて大雪に遇い、逆旅(げきりょ)容れず。
難所・潼関まで来たところで大雪になってしまい、旅館はどこもいっぱいで泊めてくれない。
三人で雪の中に身を寄せ合っていると、
有咸陽商人見而憐之、延与同寝処。
咸陽商人見てこれを憐れむ有りて、延(ひ)いて寝処をともに同じうせり。
長安から来ていた商人が三人をかわいそうに思って、旅館の自分の部屋に呼び寄せて、一緒ところで寝泊まりさせてくれた。
居数日、雪霽。
居ること数日、雪霽(は)れたり。
数日の間は身動きできなかったが、ようやく雪が止んで、空は晴れ始めた。
三人は、
議鬻驢、以一酔酬之。商人竊知、不辞而去。
驢を鬻ぎて以て一酔してこれに酬いんことを議す。商人竊(ひそ)かに知りて、辞せずして去る。
ロバを売って、そのおカネで宴会を開き、一回酔ってもらってお礼にしようと議論したが、商人の方がそのことを知って、別れのあいさつもせずにどこかに消えて行った。
李家は貧しいはずなのにロバがいる、ということに軽くショックを受けました。わしの家にはロバなんかいません。ヤギもヒツジもシカもいません。イヌとネコもいません。食べてしまったのかも。
後、義琛は咸陽の令となった時、この商人を探し出して、
召商人、与之抗礼。
商人を召して、これと抗礼せり。
商人を連れてくると、対等の礼をもて歓待した。
ええー! 太守さまと対等にお付き合いするとは!なんという名誉であろうか。
・・・というふうに感じられるようになったら、あなたもチャイナごころに毒されてきた証拠ですぞ。
後、義琛は刑部侍郎(法務次官)、義琰は高宗の時に宰相、上徳は司門郎中(宮中詰めの参事官)に至った。
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五代・王定保「唐摭言」巻七より。「起自寒苦」(低い身分から立身した人たち)のコーナーに入っています。みなさんもがんばろう。
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