7月2日 寝たふりしていてもやられることがある

動者刀入脅(動かば刀脅(むね)に入らん)(「後漢書」)

半年ぐらい前に、この人のことを紹介したみたいです。ほんとに覚えてなかった。後半を紹介しておきます。みなさんにとって、何らかの勉強になるかも知れない、という親心ですじゃ。

刃物持ってるとほんとにヤバイ。

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後漢初のひと、楊政は易に通じ、剛毅で人との友誼に篤いと評判になった(1月24日の記事を見よ)。

その人となりは、

嗜酒、不拘小節、果敢自矜、然篤於義。

皇帝の娘婿・梁松、皇后の弟・陰就といった貴戚のひとびとも

皆慕其声名、而請与交友。政毎共言論、常切磋懇至、不為屈撓。

彼らと議論する中で、一度、楊虚侯の馬武を訪ねてその政見を叩いてみようということになり、楊政は先に馬の家に出向いて、面会を申し込んだ。

ところが、馬武の方は楊政がカタブツだと聞いているので、面会する気にならない。

難見政、称疾不為起。

「それはお見舞いせねばなりませんな」

楊政は、すたすたと、

入戸、径升牀排武、把臂責之。

曰く、

聊蒙国恩、備位藩輔、不思求賢以報殊寵。而驕天下英俊、此非養身之道也。今日動者刀入脅。

実際には刀など持っていないのですが、その勢いにみな気圧された。

左右皆大驚、以為見劫、操兵満側、政顔色自若。

そこへ、

会陰就至、責数武、令為交友。

其剛果任情、皆如此也。

章帝の建初年間(76~84)に、官は左中郎将に至った。中郎将はかなりえらいです。丞相クラスかその一歩手前です。

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「後漢書」巻七十九「儒林列伝」上より。いやあ、勉強になりましたね、と思ったら、「試験に出ない情報だ」「キャリア向上に資するわけではありませんね」「ウンチクとしても特殊に過ぎるわよ」「いったい何のためにこんな話をするのか」と問い詰められてしまいました。
こういう人が同僚や部下にいて「マジメにやれ」と言ってきたら面倒くさいですね、でも小さい節には拘らないと言っているので、上司ならいいかも、ということを教え諭そうとしたのです。なぜわかってくれぬのじゃ・・・。こちらはほんとに役に立つと思います。謝罪の仕方まで教えてもらえるよ。

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