不可防救(防救すべからず)(「後漢書」)
防ぐことができなかったのです。

くもろくほどの知恵者がはりめぐらした蜘蛛の巣さえ、力ある者には破られるのである。しょせん、知恵は力に逆らうことはできないのだろう。
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任文公は四川・巴郡のひと、前漢の末ごろ、招かれて州の従事(スタッフ)となった。
そのころ、隣郡の太守が反乱を起こすのではないか、としきりにウワサされていたので、文公の上司の州知事は大いに懼れ、
遣文公等五従事検行郡界、潜伺虚実。
文公等五従事を遣りて郡界を検行し、潜かに虚実を伺わしむ。
文公たち五人の従事を隣郡との境界付近に派遣して、ひそかに反乱の虚実を調べさせた。
五人は、
共止伝舎、時暴風卒至、文公遽趣白諸従事促去、当有逆変来害人者、因起駕速帰。
共に伝舎に止どまるに、時に暴風卒(すみや)かに至る。文公遽かに諸従事に趣白して去るを促すに、まさに逆変有りて人を害する者来たるあるべし、として、因りて駕を起こして速やかに帰れり。
五人は一緒に宿駅の公的宿泊施設に泊まったが、時に暴風が突然吹いた。すると、文公はにわかに、他の従事たちに「間もなく反乱が起こって、我々を殺そうとする者たちがやってきますぞ」と言い触らし、自らは大急ぎで駕籠に乗ると、すぐに県に帰った。
諸従事未能自発、郡果使兵殺之。
諸従事いまだ自発する能わざるに、郡果たして兵をしてこれを殺さしむ。
他の従事たちが逡巡していまだ出発できてないうちに、隣郡はついに反乱を起こして、隣県の従事を県境で見つけて殺してしまった。
そんなわけで、
文公独得免。
文公独り免れるを得たり。
文公だけがその被害から免れたのである。
その後、筆頭の従事となった。
時天大旱、白刺史曰、五月一日、当有大水、其変已定、不可防救、宜令吏人予為其備。
時に天大いに旱し、刺史に白して曰く、五月一日、まさに大水有るべく、その変すでに定まり、防救すべからず、よろしく吏人をしてあらかじめその備えを為さしめよ。
この時期、天候は大いに日照りが続いていた。知事あてに上奏して曰く、
―――五月一日、まさに洪水があることでしょう。この変時は既に(天で)決められていますので、防ぐことができず、人民を救うこともできません。すぐに役人たちに命じて、事前の備えだけはさせてください。
と。
「へー、ああ、そうなの。まさかねえ」
刺史不聴。
刺史聴かず。
知事は耳を貸そうともしなかった。
さて、どうなることですやら。(続く)
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「後漢書」巻七十二「方術列伝上」より。また続きます。ちなみに、七月五日はもう予言解除されたということでいいんですよね。核戦争も起こらないんですよね。
日本の終末は防げたようなので、鉢巻やふんどしを着けてがんばる必要はないようです。
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