6月27日 本日は車点検で休んだが出勤した

不可防救(防救すべからず)(「後漢書」)

防ぐことができなかったのです。

くもろくほどの知恵者がはりめぐらした蜘蛛の巣さえ、力ある者には破られるのである。しょせん、知恵は力に逆らうことはできないのだろう。

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任文公は四川・巴郡のひと、前漢の末ごろ、招かれて州の従事(スタッフ)となった。

そのころ、隣郡の太守が反乱を起こすのではないか、としきりにウワサされていたので、文公の上司の州知事は大いに懼れ、

遣文公等五従事検行郡界、潜伺虚実。

五人は、

共止伝舎、時暴風卒至、文公遽趣白諸従事促去、当有逆変来害人者、因起駕速帰。

諸従事未能自発、郡果使兵殺之。

そんなわけで、

文公独得免。

その後、筆頭の従事となった。

時天大旱、白刺史曰、五月一日、当有大水、其変已定、不可防救、宜令吏人予為其備。

「へー、ああ、そうなの。まさかねえ」

刺史不聴。

さて、どうなることですやら。(続く)

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「後漢書」巻七十二「方術列伝上」より。また続きます。ちなみに、七月五日はもう予言解除されたということでいいんですよね。核戦争も起こらないんですよね。
日本の終末は防げたようなので、鉢巻やふんどしを着けてがんばる必要はないようです。

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