夜尽殺之(夜、尽くこれを殺す)(「牛氏紀聞」)
こんな話を読むと、怒りが沸いて「反中!」と叫びたくなります・・・か。むかしのことだからまあいいか、八十年前のこといつまでもうるさいなあ、という感じでしょうか。

どんな手を使っても、生き残ったものだけが美しいのでアリー!(おれはアリ属ではないけどね)
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唐の時代のことでございます。
日本国使至海州、凡五百人、載国信、有十船、珍貨直数百万。
日本国使、海州に至り、およそ五百人、国信を載せ、十船有りて、珍貨数百万に直(あたい)す。
日本国からの使者が江蘇の海州に到達した。一行はおよそ五百人、国家の公式の手紙を載せており、十隻の船団であった。持ってきた珍奇は貨物は、数百万金に当たると思われた。
時の海州知事は湖北・江夏の李邕(り・よう)、文人としても名高い人でした。李邕はその貨物を確認すると、日本国使を宿舎に収容してその出入りを監視した上で、
夜中、尽取所載而沈其船。
夜中、ことごとく載せるところを取りて、その船を沈む。
夜中に、すべての貨物を盗んだ上で、使者が乗ってきた船をすべて沈めてしまった。
そうして、
既明、諷所管人白云、昨夜海潮大至、日本国船尽漂失、不知所在。於是以其事奏之。
既明に、所管人に諷して白せしめて云う、「昨夜海潮大いに至り、日本国船ことごとく漂失して所在を知らず」と。ここにおいてその事を以てこれを奏す。
朝になってから、港を掌る役人を教唆して「昨晩、高潮が起こりまして、だと思いますが、日本国の船はすべてどこかに流れ去り、発見できておりません」と報告させた。そうしておいて、「そういう報告がありました」と中央官庁に報告したのである。
中央では疑うこともなく、海州において十隻の船を造って、使者を国に帰すようにとの命令が下り、日本国使に持たせる返信の手紙も届けられた。また、
善水者五百人、送日本使至其国。
善水者五百人をして、日本使を送りてその国に至らしめよ。
航海に優れたもの五百人を雇って、日本国の使者を自国まで送り届けさせるように。
と指示された。
「ふむ」
李邕は、自分のことが何か書かれているかも知れないので、国使に渡された手紙の内容を知りたがったが、固く封じられて読むことができない。
既具舟及水工。
既に舟及び水工を具(そな)う。
そのうちに、十隻の船と五百人の船乗りたちの準備が整った。
使者将発、水工辞邕。
使者まさに発せんとして、水工、邕に辞す。
使者一行が出発することになり、船乗りの代表(かしら)が李邕に出発の合図に来た。
邕は言った、
日本路遥、海中風浪、安能却返。前路任汝便宜従事。
日本路遥かにして、海中の風浪、いずくんぞよく却返せんや。前路、汝の便宜従事に任す。
「日本までの海路はずいぶん遠いそうな。その間の海での風や波、どうしてよく帰りつくことができようか、というぐらいの距離じゃ。・・・この先のことは、わしに相談は要らぬ、おまえさんがよいように判断してよいからな」
「なんと。くっくっく」
送人喜。
送人喜べり。
送り返し役の船乗りたちは(にやにやと)喜んだ。
行数日、知其無備、夜尽殺之、遂帰。
行くこと数日、その備え無きを知り、夜ことごとくこれを殺して、遂に帰れり。
出航して数日の時、なんの防備もしていないのを確認して、夜中に使者一行全員を殺して、そのまま帰ってきたのであった。
国家間の手紙も行方不明になってしまったが、この時代にはよくあることだったから「嵐に遭った模様」と報告されて一件は終わった。一方、唐帝国から日本への贈り物は、略奪者たちの手元に残ったのである。
ひどいことでございます。
邕又好客、養亡命数百人、所在攻劫、事露則殺之。
邕、また客を好み、亡命数百人を養いて、所在に攻劫し、事露わるればこれを殺す。
李邕はまた侠客たちを使うことを好み、無宿者数百人の面倒を見ていた。彼らを使ってあちこちで暴力と略奪を行ったが、事件が問題になると、関係した侠客を殺して口封じしていた。
さすがに、
後、竟不得死。
後、ついに死するを得ず。
最後は、いい死に方はしなかった。
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唐・牛粛「紀聞」巻六より。怪しからんやつですね。
「旧唐書」巻一九〇中(文苑伝・中)を閲するに、
邕性豪侈、不拘細行、所在縦求財貨、馳猟自恣。(天宝)五載、姦贓事発。・・・就郡決殺之。
邕、性豪侈にして細行に拘わらず、所在に縦ままに財貨を求め、馳猟自恣なり。天宝五載、姦贓の事発す。・・・郡に就きてこれを決殺せり。
李邕は性格が豪放でぜいたくであり、細かい道徳にはこだわりを持たず、行く先々で好き放題に財産や物資を徴発し、略奪も気ままに行った。玄宗皇帝の天宝五年(746)、不正な財産収集問題が暴露され・・・北海郡(このとき北海太守)の現場で即決裁判により死刑に処された。
ということですから、正史にも記録されたほんとに悪いやつなんです。ただし海州知事の在任は確認できないので、日本国使のことは作り話かも知れません。これだけで「いざ反中!」と叫んでいると、情弱(情報弱者)の老害と認定されてしまいます。
そういえば、十年ちょっと前ぐらいまで「これからは親中、親中」と騒いでいた人たち(Y売、日〇、自〇党)がいつの間にか「反中」に。またアメリカ低迷で「親中、親中」と言い出す・・・のでしょうか。このみなさんはマルチタスクで認知能力低下してるかも知れません。
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