黄四娘家(黄四娘の家)(「唐人絶句精華」)
今日はムシムシして普段にも増してやる気ない。明日は関東も梅雨入りだとか。さて、この詩、誰の作品かわかりますか。

みんなも気楽にやってチョウよ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
江上被花悩不徹、無処告訴唯癲狂。走覓南隣愛酒伴、経旬出飲独空床。
江上花に被(おお)われて悩み徹せず、処として告訴する無くただ癲狂す。
走り覓(もと)む南隣の愛酒の伴、旬を経て出でて飲む、独り空床。
川のほとりは花だらけ、春の物憂さは尽きることなく、
ただ狂ったようにさまよって、どこかにこの春の思いを告げるという人もない。
走り回って昔の人がしたように南隣に酒を愛する友を求めようかと思ったが、
十日ぶりで出かけて、春の景色が変わっているのを見てきて、帰って一人で酒を飲む。
お酒が好きなんでしょう。南隣の愛酒のひとや十日ぶりで酒を飲む、には何か典故がありそうですが、探すのもめんどくさいし、意味が通じないわけでもないのでこのままにしておきます。
江深竹静両三家、多事紅花映白花。報答春光知有処、応須美酒送生涯。
江深く竹静かなり両三の家、多事の紅花は白花に映ず。
春光に処する有るを知ることを報答し、まさに美酒を須(もち)いて生涯を送らん。
川の入江が深く入り込んだあたり、静かな竹の林のかげに、二軒三軒の家があり、世話をして咲かせた赤い花が白い花の中に映えている。春の光に対して、自分の居場所がわかったと答えておいて、あとはいい酒を飲んでこの日々を送ろう。
黄四娘家花満渓、千朶万朶圧枝低。留連戯蝶時時舞、自在嬌鶯恰恰啼。
黄四娘家(こうしじょうか)、花渓に満ち、千朶万朶、枝を圧して低(た)る。
留連の戯蝶は時々に舞い、自在の嬌鶯は恰恰(こうこう)と啼く。
黄氏の四番目むすめのおばちゃんがやっている居酒屋のあたり、谷川には花がいっぱいで、千の花びら万の花びらが枝を抑えて低く垂れるほどだ。
何日もこのあたりにいるおふざけ好きの蝶々は、おれをからかってひらひら舞い、山野を自由に飛び回るかわいいウグイスは「ほうほう」と鳴いている。
黄四娘の店は人手不足なのかも。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
三首とも杜甫「江畔独歩尋春」(江畔に独り歩きて春を尋ぬ)十二首連作から意味がわかりやすそうなのを選びました。杜甫の詩はマジメくさったのが多いのですが、
杜詩多変態。
杜詩に変よ態多し。
杜甫の詩の多くは、いろいろ変化して杜甫らしくない。
と言われるとおり(近人・劉永済「唐人絶句精華」)、投げ出したようなコトバ遣いや、蝶とウグイスの見え見えの擬人化とか、野暮ったい感じさえさせる連作です。
こんなのでも読んで夜になってもムシムシの気分を晴らそうではないか・・・と思ったが、腹痛いしやる気ない。昨日変なもの食ったからでしょうから、明日は治るでしょう。
コメントを残す