体貌至肥(体貌至って肥えたり)(「牛氏紀聞」)
肥っている、というだけで何だかダメなように思われる世の中ですが、むかしは肥っていてもこんな立派な人がおられたのです。

五月はもうセピア色の思い出に・・・。
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唐の時代のことでございますが、
長安有講涅槃経僧、曰法将。聡明多識、既声名籍甚、所在日講、僧徒帰之如市。
長安に涅槃経を講ずるの僧有り、法将と曰う。聡明多識にして既に声名籍甚にして、所在日に講じ、僧徒これに帰すること市の如し。
「籍甚」(せきじん)は、名声が高い、評判がよい、という意味の熟語です。
長安に、「涅槃経」を講ずる僧がおりました。法将さまと申します。聡明にして博識で、当時名声高く、有名でございました。その方のおられるところでは、毎日のようにお経の講義があり、僧侶や教徒たちが集まって、まるで市場のように混雑するのでございました。
花の都・長安で大人気だったのです。やがて、
法将僧、到襄陽。襄陽有客僧、不持僧法、飲酒食肉、体貌至肥。所与交、不択人、僧徒鄙之。
法将僧、襄陽に到る。襄陽に客僧有り、僧法を持せず、飲酒食肉、体貌至りて肥えたり。ともに交わるところ、人を択ばず、僧徒これを鄙とす。
法将上人さまは、長安から南下して襄陽にお移りになられました。ところで襄陽には以前から、どこから来たかわからない僧侶がおりまして、この僧は戒律を守らない。酒を飲み肉を食らい、見た目はたいへんに肥っていた。付き合う相手も、相手の素性や身分にこだわらないので、マジメな僧侶や教徒たちからはたいへん嫌がられておった。
嫌がられるのはしようがないですが、肥っていたのです。
見法将至、衆僧迎而重之、居所精華、尽心接待。
法将の至るを見るに、衆僧迎えてこれを重んじ、居所精華、尽心接待す。
法将さまがお見えになったというので、多くの僧侶たちはたいへん重要視し、泊まられるところをきれいにして、心を尽くして接遇したのでございます。
ところが、みんなできれいにしておりますところへ、
客僧忽持斗酒及一蒸㹠、来造法将。
客僧忽ち斗酒及び一蒸㹠を持して、法将に来たり造(いた)れり。
その出身地不明の僧侶は、突然、一斗の酒と、蒸したブタ一頭分を引っ提げて、法将さまのところにやってきたのでございます。
ちょうどそのとき、
法将方与道俗正開義理、共志心聴之。
法将まさに道俗とともに正しく義理を開き、志心を共にしてこれを聴く。
法将さまはちょうど、僧侶や俗人たちともに正しい礼法に則って講義を開始し、ひとびとは信仰心をともにして、ありがたいお話を聴きはじめたところだったのです。
客僧逕持酒骰謂法将曰、講説労苦、且止説経、与我共此酒肉。
客僧、酒骰(しゅさい)を逕持して、法将に謂いて曰く、「講説労苦なり、しばらく説経を止めて、我とこの酒肉を共にせん」と。
出身地不明僧は、酒とおかずを手にしてやってくると、法将さまに言うには、
「講義ご苦労さまじゃ。しばらく講義を止めて、わしとこの酒とおかずをともにしようではないか」
と。
法将驚懼、但為推譲。
法将驚き懼れ、ただ推譲を為せり。
法将さまは驚き、またその姿を恐れて、ただただお断りになられた。
すると、
客僧因坐戸下、以手擘㹠、裹而湌之、以瓢挙酒、満而飲之。
客僧、因りて戸下に坐し、手を以て㹠を擘(さ)き、裹(つつ)みてこれを湌らい、瓢を以て酒を挙げ、満たしてこれを飲む。
その僧は、扉のところにどすんと座って、素手でブタを引き裂いて、(まんじゅうに)包んでむしゃむしゃと食い、瓢箪を持ち上げてその口から酒を(杯に移して)いっぱいにしてぐい、と飲んだ。
確かにカロリー摂り過ぎかも。
どうなるのでございましょうか。続きは次回。
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唐・牛粛「紀聞」巻二より。久しぶりで唐代志怪小説を本格的に読んでみました。だが、やはりだらだらとして一回では終われません。それに、この後の結末も「予想通り」にしかなりません。読み終わると、
これが東洋なのだ!
アジア的停滞なのだ!
と叫びたくなると思います。30年ぐらいの停滞で文句言うな、と言いたくなるかも知れません。だが、それは明日のことでございます。明日はもう六月か・・・。
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