九鼎遷止(九鼎遷止す)(「墨子」)
為政者が悪いといろいろ不気味なことが起こるそうです。

為政者が悪いとどんどん天変地異するよ!
全勝さんから「家族の苦労」を除くとだいたい肝冷齋になるような気がするよ!
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以前、わたくし(墨翟)は、
当攻戦而不可不非。
攻戦に当たりては非とせざるべからず。
侵略戦争については、否定せざるを得ない。
と申し上げた(「墨子」非攻中篇)。
それは変わっておらない。変わっておらないのだが、ちょっと補足的に言っておく。
紀元前11世紀、殷の紂王の時代には、
天不享其徳、祀用失時、兼夜中十日、雨土于薄、九鼎遷止。
天はその徳を享けず、祀用は時を失い、夜中十日を兼ねて、土を薄に雨(あめ)ふらし、九鼎遷止す。
「薄」(はく)は王都付近の地名。
天は紂王=殷の内面の評価しなくなった。祭祀が行われても、それは時節に合致したものとはならなくなった。王都のある薄の地方では、十日間にわたって、一晩中、土が雨のように降った。そして、青銅器「九鼎」は勝手に動き出し、保管場所でないところに停止していた。
「九鼎」は紀元前20世紀ぐらい?と考えている人もいるという夏王朝の始祖・禹が天下の金属を集めて作った青銅器で、すごくでかくて最大という意味の「九」と呼んだとも、九つもあったから「九」だとも呼ばれたともいいますが、王の徳を象徴するとされた宝器です。それが勝ってに動いて別のところで発見されたのだ。
さらに、
婦妖宵出、有鬼宵吟、有女為男、天雨肉、棘生乎国道、天兄自縦也。
婦妖宵に出、鬼の宵に吟ずる有り、女の男と為る有り、天肉を雨ふらせ、棘、国道に生じ、天は兄兄(けいけい)として自ら縦ままにせり。
「兄兄」は「どんどん増える」「ますます」のオノマトペです。兄きがえらそうにするのでしょう。
妖しい女が夜に出現して悪事をなし、精霊が夜に不気味な声をあげて歌い、女が男に変化したことが報ぜられ、空から肉片が降ってきたり、(平らであるべき)軍用道路に堅い草が生えはじめた。それ以降も、天はますます、自然法則に外れた事象をどんどん起こしたのである。
一方、
赤鳥銜珪、降周之岐社、曰、周文王伐殷有国。泰顛来賓、河出簶図、地出乗黄。
赤鳥、珪を銜え、周の岐社に降り、曰く、「周文王、殷を伐ちて国を有(たも)たん。泰顛来たりて賓せん、河は簶図(ろくと)を出ださん、地は乗黄(じょうこう)を出ださん」と。
赤い鳥が四角い玉飾りを加えて、周の国の鎮守である岐山の社に降りて来た。そして、鳥は、人間のコトバで語ったのだ。
「周文王よ、殷を征伐して、国を保有せよ。「でかい頭」(と呼ばれる賢者)がやって来て、補佐するであろう。河の神・霊なるカメが出てきて、その甲羅を見せるだろう。その甲羅には不思議な図形が現れているだろう。大地からは「黄色い乗り物」が現われ、王者をそれに乗せようとするであろう」
と。
武王践功、夢見三神。
武王、功を践み、夢に三神を見る。
文王の息子の武王は、いくつかの試練を乗り越えて、ある晩、夢に三柱の神を見た。
三神は言った、
余既沈漬殷紂于酒徳矣。往攻之、予必使汝大堪之。
余、既に殷の紂を酒徳に沈漬す。往きてこれを攻めよ、予必ず汝をして大いにこれに堪えせしめん。
「わしらは、殷の紂のやつを、酒の力の中に沈めて酒漬けにしておいた。おまえは行ってこいつを攻めよ。わしらは、おまえがすべてうまく行くように、大いに思い通りのことができるように、おまえをささえよう」
武王がついに犯夫(犯罪者)・紂(もう「王」ではないんです)を征伐する軍を挙げると、
天賜武王黄鳥之旗、王既已克殷。成帝之賚、分主諸神、祀紂先王。
天は武王に黄鳥の旗を賜い、王は既已(すで)に殷に克てり。帝の賚(らい)を成し、諸神を分主し、紂の先王を祀る。
天は武王に黄色い鳥を描いた旗をくださった。かくして武王は殷に勝った。そして、天の王者のたまものを発現させ、(今回協力してくれた)神々を各地で祀られるようにし(いわゆる「封神」)、滅亡させた紂のご先祖の祀りを復活させた。
・・・というような正義の戦は、戦争ではなくて征伐、すなわち治安維持のための行為だから、いいんですよ。
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「墨子」非攻下篇より。十日間土の前が降るとか、妖しい女や「でかあたま」が出現するなど、紂王時代のデモーニッシュな表現が不気味で、(墨子学派の)古代人の想像力の豊かさを示すものとしてときおり引用される「名文」です。思想史的には、「非攻中」と「非攻下」の間に孟子学派との議論があって、征戦を認めざるを得なくなった墨子学派は、孟子から「義戦」の概念を借りて「してもいい戦争」という概念を作ったんです。もともと防衛戦はしてもいい、大いにやって独立を守ろう、という思想ですが、敵地先制攻撃も認めたことになります。案外柔軟でいいやつではないですか、と思うのですが、SNS世代の攻撃対象になるかも?
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