縛虎不得不急(虎を縛るには急ならざるを得ず)(「後漢書」)
仕事は急いでやらなければ。ちんたらしていてはいけません。・・・みたいなことを言うひともいますが、そんなこともないかと思います。ただ、労働時間長いと能率下がるらしいから、明日できることは明日しよう。トラを縛る時ぐらいは急いでしないといけないかも知れませんが。

待て、肝冷斎。この「急」は「急行」の「急」(いそぐ)ではなくて「急峻」とかの「急」(けわしい、きびしい)ではないか。
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建安三年(198)三月、呂布は捕らえられて曹操の前に引き出された。
呂布は曹操に向かって言った、
今日已往、天下定矣。
今日(こんにち)已往(いおう)、天下定まれり。
「本日以降は、天下は安定しましたなあ」
曹操、
何以言之。
何を以てこれを言う。
「どういうわけだ?」
呂布、
明公之所患不過於布、今已服矣。令布将騎、明公将歩、天下不足定也。
明公の患うるところは布に過ぎず、今すでに服せり。布をして騎を将(ひき)いしめ、明公歩を将うれば、天下定むるに足らざらん。
「賢明なあなたが心配だったのは私だけでしょう。その私が今、あなたに降伏したのです。この呂布に騎兵隊を率いさせ、賢明なあなたが歩兵を率いれば、天下を平定できないはずがありますまい」
また、かたわらの劉備の方を向いて、言った。
玄徳、卿為坐上客、我為降虜、縄縛我急、独不可一言邪。
玄徳、卿は坐上客となり、我は降虜たり、我を縄縛すること急、独り一言すべからざるや。
「劉玄徳よ、おまえさんはそんなところに座っていられる身分で、わしは降伏した虜囚だ。わしを縛る縄がきつくてたまらんのだが、おまえさんだけが一言もしゃべらない、というわけにはいかんのではないか」
何かいいこと言えや、と言っております。
曹操が少し和んだみたいで、笑って言った、
縛虎不得不急。
虎を縛るには急ならざるを得ざらん。
「トラを縛るには、きつくしないわけにはいかんだろう」
そして、
命緩布縛。
命じて布の縛るを緩めしむ。
部下に命じて呂布を縛っている縄を緩めてやろうとした。
すると、劉備が言った、
不可。明公不見呂布事丁建陽、董太師乎。
不可なり。明公は呂布の丁建陽、董太師に事(つか)えしを見ずや。
「あきまへん、あきまへんで。賢いあなたは、呂布が、義父の丁原を殺して董卓に乗り換え、またその董卓をぶっ殺して独立したのをご覧になってないわけではありまへんやろ。また裏切りまっせ」
操頷之。
操、これに頷けり。
曹操は、そのコトバに頷き、険しい表情に戻った。
呂布、劉備を睨みつけて言う、
大耳児最叵信。
大耳児、最も信じ叵(がた)し。
「叵」(ハ)の字が出てきました。現代日本の当用漢字にはありませんが、漢文ではよく使われます。「可」という字をひっくり返すとこの形になるはず(はねたところを延ばしてください)。「可」の反対で「不可」の意、「できない」「~しがたい」という意味になります。
「耳でか野郎は、この世で一番信頼できんわ!!」
劉備は耳がでかくて腕が長い、という異相の人であったから、「耳でか野郎」と言ったのである。
こうして、呂布は縊り殺されたのであった。
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南朝宋・范曄「後漢書」巻七十五「劉焉袁術呂布列伝」より。このあとに呂布の参謀・陳宮と曹操の会話もかっこいいのがあります。范曄から見ればもう二百年以上前のことなのに、なんでこんな見て来たようなことが書けるのでしょうか。水晶球を覗き込んで、「む、見えた!」と言って書いているのかも知れません。急いで岡本隆司先生の中公新書「二十四史」を読めば何かわかるかも。
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