一髪不可牽(一髪も牽くべからず)
少しぐらい髪の毛引き抜かれてもいいやー、というぐらいののんびり感がないといけませんよね。これぐらいの失敗で挫けていたら、これからさらに老いて行うであろう失敗に耐えられなくなるぞ。はい、わかりましたー。

髪の毛が無くなってしまえば、もう抜かれる心配はないのじゃ。
・・・・・・・・・・・・・・・
黔首本骨肉、天地本比隣。一髪不可牽、牽之動全身。
黔首(きんしゅ)はもと骨肉、天地はもと比隣なり。一髪も牽くべからず、これを牽けば全身を動かす。
頭の黒い一般人民はもともと骨肉を分けた兄弟であり、天地はもともと隣近所である。
ということは、この全体の中の一本の髪の毛(のような小さな部分)でも抜いてはいけない。それを抜けば、全身(天下)が引っ張られるのだ。
聖者胞与言、夫豈夸大陳。四海変秋気、一室難為春。
聖者の胞与の言は、それあに夸大に陳ぶるのみならんや。四海秋気に変ずれば、一室もまた春たり難し。
聖人がおっしゃったという「我々は胎を同じくする兄弟じゃ」という言葉は、さて大げさに言ったものではない。四方の海がすべて秋の気配になったとき、自分の部屋だけを春のままにしておこうとしても、そんなことできるだろうか。
宗周若蠢蠢、嫠緯焼為塵。所以慷慨士、不得不悲辛。
宗周もし蠢蠢(しゅんしゅん)たらば、嫠緯(りい)も焼けて塵と為さん。所以に慷慨の士、悲辛せざるを得ず。
「左伝」昭公二十四年(前670)、鄭伯が晋に行った。この時、晋に宰相・范献子が鄭伯の参謀・子大叔に言った、
若王室何。
王室を若何(いかん)せんとす。
「周王朝はどうなりますかな?」
子大叔は驚いたように言った、
老夫其国家不能恤、敢及王室。抑人亦有言。
老夫その国家も恤(うれ)うる能わず、敢えて王室に及ばんや。そもそもまた言有り。
「このじじい、自分の国(鄭国)のことさえ心配してもなんともできないのに、なんで周王朝のことまで心配できましょうや。とはいえ、またそれを現わすような言い習わしがありましたなあ・・・」
と、つぶやきだしたその言とは、
嫠不恤其緯、而憂宗周之隕。為将及焉。
嫠(り)はその緯を恤(うれ)えず、而して宗周の隕(お)つるを憂う。まさに及ばんとするがためなり。
「嫠」は寡婦。
―――寡婦は、経糸に合わせて布を織るための緯糸が足りるかどうかを心配するよりも、伝統的な周王国(長安に都した紀元前12世紀から前9世紀の間の「西周」王国)が滅びるのではないかと心配している。なぜなら、その影響が彼女にも差し迫っているからである。
と。
今王室実蠢蠢焉、吾小国懼矣。
今、王室は実に蠢蠢(しゅんしゅん)、吾が小国懼(おそ)るなり。
「蠢蠢」はあちこち蠢いて、方向性が定まらないことのオノマトペ。
現在(紀元前7世紀ですが)、周王室は実際のところヘビのように蠢いているばかりですから、わたしども小さな国の者は恐れているのでございます。
というこのエピソードに「嫠」(寡婦)や「緯」(よこいと)「蠢蠢」(もぞもぞ)といったキーワードが出てきます。作者はさらに手練れですから、この「左伝」の「嫠の緯」の喩を少しずらして、寡婦が心配するはずの緯糸も、もう敗戦の中で燃え尽きてしまうだろう、もうおしまいだー、と言っています。ここらへんの捻り方は、巧いですね。
西周王国(清帝国に喩える)が、もし、もぞもぞと手を拱いてばかりだと、後家さんの緯糸も燃えて灰になってしまうぞ。いつもぶうぶうと怒っているサムライ(であるわたし)は、悲しくツラい思いに駆られざるを得ないのだ。
看花憶黄河、対月思西秦。貴官勿三思、以我為杞人。
花を看ては黄河を憶い、月に対しては西秦を思う。貴官は三思して、我を以て杞人と為すこと勿れ。
花をみるとこれが流れ着く先の黄河から、そのまた向こうの海に、西洋の国々がやってくることが想像される。月をみると、その傾く方向の先、西域やチベットの混乱とロシアの動向が心配になる。えらい人は(「論語」にあるような「事を断ずる前に三回考える」なんていうことはしないで、即断即決でお願いします。そうでないと、わたしは天が落ちて来ると心配した「杞の国のひと」みたいになって、毎日毎日心配しなければならなくなる。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
清・龔自珍「定盦文集」より「自春徂秋、偶有所触、拉雑書之、漫不詮次。得十五首」のうち、第二。長い題名なので読み下します。
春より秋に徂(ゆ)くに、たまたま触るるところ有りて、拉雑してこれを書し、漫に詮次せず。十五首を得たり
この年(道光七年(1827))の春から秋にかけて、たまたま心に触れることがあって、ばらばらに集めてそれらを詩にしてみた。いい加減で順番もきちんとしていないが、十五首できた。
と書いてあります。まだ鴉片戦争も始まらない、東亜の夜明け前です。なんでこの人、こんなに危機感でいっぱいなのでしょうか。もっと楽にしてくさい。新入社員も。
コメントを残す