5月21日 三だけ以外のことも聴いてくだされや

才而性鄙(才にして性鄙なり)(「世説新語」)

今日も老いの身にムチ打って、深夜までかけて更新しました。みなさん、どうぞ何かを学んでくだされや。

金先生はおっしゃった、
「おお、肝冷斎よ、カネだけ、今だけ、自分だけの「三だけ」に役立つことならば、誰もが目をぎらぎらさせて聴くであろうに」
と。

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東晋の褚裒(ちょ・ほう)が、初めて会稽に赴任したとき(四世紀の前半ごろですよ)のことじゃ。

孫長楽於船中視之。

孫綽も大貴族ですが、若いころから会稽に住んでいた。

言次、及劉真長死、孫流涕。

劉惔(りゅう・たん)、字・真長は当時清談の名手と言われた文化人です。生没年ははっきりしないのですが、この二人よりは早く死んだらしい。

因諷詠曰、人之云亡、邦国殄瘁。

「人の云(ここ)に亡ぶや、邦国も殄瘁(てんすい)せん」は、「詩経」大雅「瞻卬」(せんこう。仰ぎ見る、の意)の一節。久しぶりで「詩経」の講釈して進ぜようぞ! と思いましたが、既に夜は深く、目もしょぼしょぼし明日も平日なので、断念せねばならないとは。(こちらもどうぞ。)

さて、黙って聴いていた褚裒は、突然怒り出した。

眞長平生、何嘗相比数。而卿今日作此面向人。

劉惔は会稽に来たことなど無かったはずである。

そう言われて、孫綽は、

廻泣、向褚曰、卿当念我。

と。

万事こんな調子であったので、

時咸笑其才而性鄙。

もっと大きなみやびな心がないといけませんね。貴族ですから。・・・念のため言っておきますが、才能がある分、わたくしどもより優れているのですよ。

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南朝宋・劉義慶「世説新語」軽詆第二十六より。「軽詆」は「ちょっと批判すべきことシリーズ」です。褚裒は後に外戚となり、征北大将軍に任ぜられ、一時期たいへんな権勢を誇ったが、その性格は洒脱で人気があった。

一方、孫綽は文人としてだけでなく、桓温の幕僚として蜀や洛陽の争奪戦に活躍した。貴族の世界にはぴったりしない人だったのであろう。

「游天台山賦」(天台山に遊ぶのうた)というのが自慢の作で、

卿試擲地。要作金石声。

という名言を遺した。ホントは今日のお題にした「才にして性は鄙なり」よりこの「要ずや金石の声を作さん」の方が格段に有名な言葉ですが、こんな言葉覚えても勉強になりませんよね。それよりは、才能があっても性格がいやしいやつはいるのだなあ、の方が勉強になることでしょう。もちろん人生の。

なお、言われた友人は苦笑して、

恐子之金石、非宮商中声。

と言ったそうである。(「世説新語」文学第四より)

既に「日本にも昔はカネだけ、今だけ、自分だけ、と言うと「それ以外にも大切なものがある」という人がいたんだよ」と教えると驚かれるようにはなっているのでは。「そういう偽善を言ってるゆとりが無いんすよ、おれたちにはね」「おほほ、自己への投資に忙しいですもんね」「あははは」「いひひひ」「うふふふ」みたいに言って冷笑するのであろうか。

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