顔色無異(顔色(がんしょく)異なる無し)(「何氏語林」)
上品で度量のある人のお話をします。でもこういう人は資本主義社会の労働力としては如何なものであろうか。

困ったときにはSDGsとAIで産業振興と言っとけばいいのね、べんべん。
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南朝・斉の時代、
予章王北宅後堂宴集、沈率与褚太宰並善琵琶。
予章王の北宅の後堂に宴集するに、沈率と褚太宰、並びに琵琶を善くす。
皇子の予章王さまの北邸の奥の建物で、王侯貴族が集まって宴会をした。その中では、沈文季と褚淵の二人が、琵琶の名手として知られていた。
沈文季と褚淵は、いずれも前代の宋の時代から宰相を輩出してきた名家の出身、特に褚淵は美男子として名高い方であられる。当時の感覚では人気政治家でかつ大アイドルみたいな人です。
酒酣、太宰取楽器作明君曲。
酒酣なわにして、太宰、楽器を取りて明君曲を作(な)す。
お酒がだいぶん回ったころ、褚淵さまは、楽器(琵琶)を手にして、後漢の美女・王昭君を歌った曲を弾き始めた。
大騒ぎだった宴席はいっぺんに静かになって、その演奏に聞き入った。その最中に、突然、
沈便下席大唱曰、沈文季不能作技児。
沈、すなわち下席して大唱して曰く、沈文季は技児を作す能わざるなり、と。
沈文季が席から立ちあがり、序列の低いところまで移動し、大声で言った、
「わたくし沈文季は、(褚淵どのと違って誇りもありますので)わざおぎの仕事をすることはできません。(先に罰として席次を下げさせていただきますでのう)」
と。
突然なんだ?と思うかも知れませんが、高い読解力を用いて、「彼は酔っぱらってる」と解釈できれば納得行きます。
予章王は言った、
此故当不損仲容之徳。
この故にまさに仲容の徳を損なわざるべし。
「仲容」とは、竹林の七賢の一人で、琵琶の名手・阮咸の字です。
「そんなことで、名高い阮仲容のひととなりを見下したようなことをするな!」
こっちも絶対酔っぱらってるんですが、
太宰顔色無異。
太宰、顔色(がんしょく)異なる無し。
太宰・褚淵さまは、顔色(かおいろ)一つ変えることなく、楽し気に琵琶を御弾きになっていた。
この褚淵さまは、
宅嘗失火。烟焔甚逼、左右驚擾、太宰神色怡然、索輦来徐去。
宅かつて失火す。烟焔甚だ逼り、左右驚き擾(さわ)ぐに、太宰神色(しんしょく)怡然(いぜん)、輦の来たるを索(もと)めて徐(おもむ)ろに去れり。
ご自宅が火事になったことがあった。けむりや炎が身近に迫り、近侍の者たちが仰天して大騒ぎしている中で、彼だけは心も容貌も楽しんでいるかのようであった。(自分では動かずに)駕籠を呼んで、駕籠が来るとそれに乗って、ゆっくりと避難した。
ということも伝わっております。
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明・何良俊「何氏語林」巻十四「雅量篇」より。上品でかつ度量のある方のエピソード集。褚淵さまは、美男なので夫のいる公主(内親王)に監禁されて、一晩に十回迫られたが十回とも相手にせずに翌朝解放されたというエピソードもあります。稀に見る大人物だと評判だったが、確かに乱脈に陥いっていたとはいえ、宋王朝を見限って斉への禅譲に協力するなど、後世にはあまり評判がよくありませんようです。
・・・という褚淵さまの経歴などITで調べられますから、詰め込みで記憶する必要はありません。でも出てくるのが漢文(中文)なのでそれを読む思考力は鍛えられます。やっぱりIT教育はすばらしい! きちんと受けてないので困っておりますよ、うっしっし(冷笑)。
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