1月17日 肝冷庵先生ついに音信不通に

多岐亡羊(多岐にして羊を亡う)(「列子」)の続き

あんまり寒いのでもう東京になんかいるのイヤだ! と、いまは音信不通になっております。

けしからん、結局はずっと寝ているでメー

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昨日は楊先生が「それは・・・」と言い出したところまで、でした。

楊先生はこのように言ったんです。

人有浜河而居者、習於水、勇於泅、操舟鬻渡、利供百口。

裹糧就学者成徒。而溺死者幾半。本学泅、不学溺、而利害如此。若以為孰是孰非。

質問に対して質問で返すとは怪しからん―――ですが、要するに、学ぶ方がどう受け取るかは、ひとによって違う。兄弟が同じ先生から教えられても違うのだ。もちろん、学ぶ者の問題意識や能力の違いによることもあるだろうが、なぜそんな結果になるか予想もつかない場合も多い。ところが、その結果によって、死んだり富を得たりの差が生ずる。人間にコントロールできないものがあるのだ・・・。

「むむむ・・・」

心都子黙然而出。

孟孫陽は言った、

何吾子問之迂、夫子答之僻。吾惑愈甚。

これはイヤミです。
心都先生は言った、

大道以多岐亡羊、学者以多方喪生。学非本不同、非本不一、而末異若是。唯帰同反一、為亡得喪。

それを先生は言おうとしているのではないだろうか。それなのに、

子長先生之門、習先生之道、而不達先生之況也。哀哉。

最後は逆切れしてきました。仲間割れだ。

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「列子」説符篇より。最後の心都先生と孟孫陽の会話だけ、余計な気がします。この会話のせいで結局何が言いたいのか、よくわからなくなってしまった感が・・・。だが、これが「列子」の特徴であり、魅力でもあります。言いたいことなんか無いんですよ。途中でイヤになってきて、

いや、はあ、だが、・・・むにゃむにゃ。

としゃべるのもイヤになってくる、という感じです。どうぞその感じを味わってください。

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