1月16日 寒くて起きられず連続遅刻中

多岐亡羊(多岐にして羊を亡う)(「列子」)

明日の朝から、今日よりも寒いらしいですよ。みんなどうしてるかなあ。

クリスマスのころからずっと寝ているでメー。睡眠について長時間労働しているでメー。

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戦国の時代のことですが、

楊子之隣人亡羊、既率其党、又請楊子之豎追之。

童子たちは「おーけー」「行きまちょう」「うっしっし」と元気だったが、楊先生は言った、

嘻、亡一羊、何追者之衆。

隣人は言った、

多岐路。

「そうですか」

と童子たちを手伝いに行かせた。

既反、問獲羊乎。

亡之矣。

奚亡之。

岐路之中、又有岐焉。吾不知所之。所以反也。

それを聞いて楊先生は、

戚然変容、不言者移時、不笑者竟日。

門人怪之、請曰、羊賤畜、又非夫子之有、而損言笑者何哉。

楊子不答。

「むむ」

門人不獲所命。

さて、弟子の中に孟孫陽というのがいて、これが楊先生の友人の心都先生に「楊先生が答えてくれないんですよ」と相談した。

「ふむ。わしから訊いてみよう」

心都子他日与孟孫陽偕入而問。

質問の内容は、以下のとおりであった。

昔有昆弟三人、游斉魯之間、同師而学、進仁義之道而帰。

この時、三人に、親父が質問した。

「仁義の道、というのはつまりはどういうものなんだ?」

伯曰、仁義使愛身而後名。

仲曰、仁義使我殺身以成名。

叔曰、仁義使我身名並全。

さて、楊先生、

彼三術相反、而同出於儒、孰是孰非耶。

楊先生は言った、「それは・・・」

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「列子」説符篇より。続きは明日。この章(特に前半)が、

多岐亡羊

の典故です。文字どおりにヒツジがいなくなって困る人もいると思いますが、一般には、

という意味に使われます。

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