修躯偉貌(修躯にして偉貌)(「分甘余話」)
でかいやつは出世しやすいという。

みなさん、今日もこんにちは。正しく立派なひとのところにはお化けは出ないんだよ!
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清初のひと、傅彤臣(ふ・とうしん)は、
修躯偉貌、鬚眉如戟。
修躯にして偉貌、鬚眉戟の如し。
この「修」は「身長」「身長が高い」の意です。
身の丈が高く、偉そうな容貌で、ヒゲや眉は武器のホコのようにぴんと張っていた。
それだけでなく、
博学強記、冠絶一時。
博学にして強記、一時に冠絶す。
いろんなことを勉強していて記憶力は抜群で、そのころは周囲から飛びぬけていた。
ある時、友人の家に行く約束をしたところ、
友人有女、為狐所祟。
友人に女の、狐の祟るところと為る有り。
その友人の娘は、狐の祟りで狐憑きになっていた。
その娘が、
聞傅至、忽語曰、傅公正人、将来必貴、吾去矣。
傅の至るを聞き、忽ち語りて曰く、傅公は正人なり、将来必ず貴からん、吾去らん、と。
傅が来ると聞いて、突然狐の声で言い出した。
「傅さまがお見えになるって? あの方は正しい立派な方だ、これからどんどんお偉くなるね。あたしゃここにはいられない」
果去、不復来。
果たして去り、また来たらず。
本当にどこかに行ってしまったらしく、娘の狐憑きは治り、それ以降再発しなかった。
後、辛卯年(順治八、1651)に郷試に合格して挙人となり、乙未年(順治十二、1655)に会試に通って進士になった。
皆与余同年、仕至山西道監察御史。
みな余と同年、仕えて山西道監察御史に至れり。
どちらの試験もわしと同じ年に合格した同期生なのだ。彼は、役人になって、山西道の総合監察官にまでなった。
実は友だちなんです。
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清・王士禎「分甘余話」巻二より。実は尚書(大臣)になった筆者の方がより出世しているので修躯偉貌でなくても出世するみたいです。職場内訓練もないのに。
それにしても、立派なひとには、キツネもびびってしまうという。みなさんが立派な人になったら物価テングも下がり、賃金カッパも上がるかも。某外務大臣も(スパイ疑惑晴れて)アメリカ行けるかも。
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